パワースポット

「わ、うわ、わっ……ホント、なんでこんなとこ通んな、きゃっ……痛いー」

「しか、たぁ、ない、よぉ。ここ、ぉ、通ら、なきゃぁ、すご、くぅ、遠回り、だしぃ」

「わかってンきゃっ……痛いよー、もう帰りたいよー、血出たよー……」

「だい、じょぉ、ぶ、ぅう? で、もぉ、もうすこ、しぃ、だか、らぁ」

 空手家のハズの舞奈が無様な醜態を晒し、一般人ぽい柚恵がまるでスライムのような動きで巧妙に躱し続けていた。えーんえーん泣く暴れん坊と、ソレを見て笑い続けるイイ人そうなの。まるでこの世は地獄だった。

「あっ、はは……へんっ、なの……っ!」

 だとすれば、この子は小悪魔のようだった。ちっさいから。

 ところで、

「……なあ、神ノ島?」

「なっ、に……かっ、なー……!」

「いや……その、手のことなんだが?」

「う、んっ? 握って……る、よっ?」

「ではなくてだな……」

「? なっ、ん……のっ、こと……っ?」

「――――いや、いい」

「あ、着いっ、た……よっ。ここー」

 すとん、と最後一回跳んで、着地する。それに間六彦も伏せていた視線を向けた。

 弥生が着地した足元に、ふとしたら見落とすくらいに小さく土が盛り上がった箇所があった。促されて確認すると、こちら向きにひと一人入れる程度の穴が開いている。

「……作ったのか?」

「んーんー、あったんだよぉ、最初からぁ」

 あとから追いついた柚恵が、代わりに答えていた。そちらを向くと、舞奈はぐったり、精も根も尽き果てたという感じで寝そべっている。なんかもうこの子は放っとこうと思った。

「ほう、こんなものが最初から、か。で?」

「ん? 中に入るんだけど?」

 やっぱりか、と頭を抱えていると、弥生は既に身体の半分をその中に潜り込ませていた。その体勢で止まることが出来るという事実に興味をそそられ、近付くと、弥生は右足のつま先を土壁の微妙なとっかかりに引っ掛け、右手で穴の淵を掴んで、こちらを見上げていた。自然左足は宙ぶらりになり、そして左手はこちらに伸ばされている。

 器用なヤツだ。

「…………」

 間六彦はその手が届かないギリギリの間合いで、穴の中を覗き込んだ。

 高さは4,5メートルというところか。

 間六彦は確認して、弥生の"手首"を握った。

「およ?」

 そのままぐい、と手を引き――お姫さま抱っこのような体制になり、

「およよ?」

 ぴょん、とその穴に先ほどの弥生よりも器用に飛び込み、そして音も立てずにネコの如く、着地した。

 三秒くらい、静寂がつづいた。

「――って、あなたなにしてんですかっ!?」

 喚いたのは、舞奈だった。続いてふたりが降りてくる気配。間六彦はゆっくり弥生を下ろした。少し、呆けているようだった。女の子座りしていて、少しカワイイ。

「その、女性に手を引かれるのは少し慣れていなくてな」

 照れ隠しだった。本音はこれ以上リードされるのがイヤだった。

 弥生は、パァっと笑った。

「えー、六彦ってスゴイんだねっ! てかスゴイスゴイスゴイ誰か抱っこして飛び降りるなんてわたしでも無理だよー、やースゴイね、さっすがわたしを助け出してくれただけあるねー!」

 で、抱きついてきた。

 今度はヒラリ、と避けた。

「あぷっ」

 落ちる直前で腹を押さえて、弥生は宙ぶらりんになる。額を押さえた。この子、本当に同い歳なんだろうか?

「って、今度はなに女の子物みたいに持って……あーわけわかんないよー柚恵たすけて――――――――っ!!」

「おぉよしよし、まいなちゃんは駄目な子だねぇ」

「それって酷くないっ!?」

 向こうは向こうで、とっても楽しそうだった。もう帰りたい。

 穴の中は、意外にも広い空間だった。パッと見て、体育館くらいはありそうだ。それになにより目を引くのは、立ち連なる巨大な岩々だった。

 一種のパワースポットというやつなのだろうか? その高さは天井付近にまで達している。足元も、なだらかな石床。先ほどまでの深い森と比べると、まるで別の場所に瞬間移動させられたような心地になる。

「ほう……」

「気に入った?」

 後ろ手に組んで、くりっと笑顔で覗き込んでくる。間六彦は目を逸らし、

「あ、あぁ……」

「あれ、照れちゃった?」

 いや、なんかまた起きそうで怖ぇなあと。

「……なんですか?」

 と思ったら向こうで舞奈と目が合って、不審な顔されてた。なんでこうなる、歓迎されてないならいよいよ本気で帰りたかった。

「うぇるかむぅ、とぅ、まい、しぃくれっとべぇすぅ」

 この子ひとの心読めるんじゃないかと思った。

 観念して、くるりとみなの方をに向き直った。

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