自分が何をしてしまったのか、わかりたくなんてなかった

「ふん、別に許すとか、そんなんじゃないわよ。ただ、そんなオッサンに今さら父親面されても困るって言うか、迷惑って言うか、洋梨じゃない用無しっていうか、それだけの話よ。だからとっとと、成仏して」

 沈黙が、体感で二十秒くらい続いた気がする。

「あぁ、そうだね……確かに、その通りだ。今さらこんなウソツキ親父がしゃしゃり出てきて、訳知り顔であーだこーだ言われても、困るよね。うん、わかった……ただ、一言だけ。一言だけでいいから、謝りたくてね。……帰ってくると言っておいて、遊園地に連れて行くといっておいて、結局家に帰ってこれなくて……ね」

 弥生はその言葉に、なにか反論しようとした。

「…………」

 言葉が、出なかった。

 なぜなのか、わからなかった。

「……間くん、すまない。重ね重ね申し訳ないとは思うが、弥生のこと、頼まれてくれるかい? ぼくにはもう、何一つとして出来ることは――」

「わかりました」

「すまない……それでな、やよ――」

 一旦区切って、どうするのかと思っていた。

「わかってるよ……今さらなのは。遅すぎることは。意味なんて、ないことは……だけど、ぼくの自己満足なのは承知の上で、言わせてくれないかな?」

「なにを――」

 最後まで言えなかった。


「嘘ついて、ゴメンなぁ……やぁちゃん」


 ビリっ、と弥生の首筋に電流が走った。

「な……に、いっ……ぅ、く!」

 言葉が、うまく綴れなかった。思ってることを、言葉に出来なかった。その理由は弥生自身もよく、わからなかった。

「本当、ゴメンなぁ……一緒に生きていけなくて、育てられなくて、見守ってあげられなくて……本当、本当に……ゴメンなぁ、やぁちゃん」

 父が、背を向ける気配を感じた。

「もう、行くよ間くん。すまないが、どうかくれぐれも――」

「わかりました。頼まれます。娘さんのことはご心配なく。どうか心、安らかに……」

「ありがとう。キミがいてくれて、本当によかった……もうなにも、思い残すことはない。あとは、もう――」

 もう?

 もう、いったい、なんて――

「…………っ!」

 振り返ろうとした自分を、必死で抑えつけた。ダメだ。そんなことしたら、今までの自分が終わってしまう。それだけは、それだけは絶対――

「弥生、弥生?」

 間六彦が、自分の名を呼んでいた。

 その事実に気づくまで、数秒掛かった。

「……なによ、六彦。もしかしてなにかお説教するつもりっていうなら、そんなのいらな――」

「もう親父殿、いってしまわれたぞ」

 ピシャア、と脳天から爪先まで稲妻が撃ち下ろされた。

「な!?」

 風が巻き起こるほどの速度で、弥生は振り返っていた。

「やあ」

 そこに、先ほどと同じ父が笑顔で手を振っていた。

 弥生、完全硬直。

「――――これ、は、どういうこと?」

「最後だ。握手でもしろ」

 間六彦は――どうやら声だけこの世界に送られているらしい。姿形は見て取れない。そんな風にあちこち見回してるうちに、弥生は父に視線を戻すタイミングを失っていた。

 ――どうしたらいいのか?

「やぁちゃん」

「……その呼び方、やめて。もー、子どもじゃない」

「そうだね。やぁちゃんは、大きくなったね」

「……だから、」

「これからぼくは傍にいられないけど、」

「……うん、」

「頑張って、お母さんと仲良く、楽しく、生きていってください」

「お……」

 ふわり、と柔らかくて温かい、おっきな感触。

 抱き締められたと理解するまで、一秒に満たないくらいの時間を要した。

「お……」

 声より先に、両の双眸からポロポロと液体が零れた。

「……おとうさん!!」

 懐に飛び込み、両手で目一杯、その腰にしがみついた。

 つこうとした。


 その手は虚しく、空を切った。


「ひゃっ!?」

 バランスを崩し、そのままパタパタと前のめりでたたらを踏み――その先にいた誰かの胸に、収まった。

「おと――」

「すまない、弥生」

 六彦だった。

 お父さんは、どこ?

「あい、ろく……でも、おとさ、が……アレ? いま、だって、でも……」

「すまない弥生。親父殿は、もう……」

 理解したくなかった。

 理解させて欲しくなかった。

 自分が何をしてしまったのか、わかりたくなんてなかった。

「あ、あ、あ……」

 一気、弾けた。

「あ――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」

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