お父さんなんて、大キライ
間六彦はまったくマイペースだったので、弥生は端的な疑問をぶつけた。少し、ペースを取り返す意味合いもあった。
間六彦の声に、動揺の欠片も汲み取ることは出来なかった。
「お前を、助ける為だな」
「頼んでない」
「頼まれてない」
「だったらわかるでしょ? 余計なお世話」
「すまんな」
「……改める気、ないよね?」
「父には、会えたか?」
弥生にしては本当に珍しく、ため息を吐いた。
「ハァ……うん、会えた。で?」
「だったら感動の再会だな。まったくもって、是非とも立ち会いたかったものだ」
どこまで本気なのか、咄嗟には判断がつかなかった。
「……本気、なの?」
「父はお前に、会いたがっていたようだぞ? お前に、謝りたいことがあると言っていた」
カチン、ときた。
「……六彦に、なにがわかるの? わたしのこと、何も知らないよね? それにわたしのこと、殺し――」
「間くんにお願いしたのは、ぼくなんだよ」
唐突なタイミングで、父が会話に入ってきた。それに弥生は、言葉を止める。話す言葉は無いとばかりに、動きも止めた。
間六彦の声が、弥生を諭す。
「おいおい弥生……お前、なに意地を張っているんだ? 久しぶりの邂逅なのだろう? だったら遠慮なく、存分に甘えて――」
「いや、いいんだよ間くん。仕方ないんだよ……ハハ。みっともない所をお見せしてしまったが、これは完全にぼくが悪いのだからね」
間六彦は、言葉を止めた。父もそれ以上続けることは無かった。完全なる静寂。弥生は微かに居心地の悪さを感じて、身じろきした。
父が少しづつ、後ろまで近付いてくる気配を感じた。
弥生は身を、強張らせた。
なにを言われようが、心揺らされるものか。
「間くん……今回はぼくのムチャなお願いを聞いてくれて、ありがとう。それにいつも弥生がお世話になっているようで……重ねてお礼を言わせてもらうよ。本当に、ありがとう」
なんでそんなことを言うのか。
「お礼を承れるようなことは、なにも出来てはいませんが……」
「いや実際……こんなワガママで気難しくて短気で口も悪くて手も早くいっつもグレープフルーツ齧ってるような偏食家で容姿以外何の取り柄もというか容姿にしたってバカみたいに長い髪と背の低さは好みが分かれるところ――」
「なにいってのよ……この、バカ親父ッ!」
「おっほぉ!?」
弥生は背を向けたまま踵を突き出して、その腹を強烈に蹴り上げた。それに父は無様に腹を抱え、その場に突っ伏す。弥生は振り返らず、気配だけで察してまただんまりを決め込んだ。
「……弥生は、なにか武道の施しを受けているのか?」
「子どもの、頃、から……ずっと舞奈ちゃんと組み手、しててね……そのせいで、見様見真似……だから余計に、危険、だったね……」
「それはいかんな。心をキチンと鍛えねば」
余計なお世話だった。
父が立ち上がる気配がした。
「ふ、ふっふぅ……う、腕を上げたな、弥生……正直お父さん、このまま昇天しちゃいそうだったぞ?」
すればよかったのに、それこそ今すぐ。
思っていると、間六彦の声がした。
「……弥生、」
なによ。
「お前……どうしても、許せないのか?」
ガタッ、と肩が震えてしまった。ほぼ、反射的だったといっていい。
脳裏に過ぎったのは、疑問符だけだった。
「……知って、るの?」
「知っている」
「……隠さないんだ」
「気づいているのに、ウソをついても仕方がない」
「……カッコいいね」
"ソレ"を、弥生は思い出す。
弥生は父を、小学校二年生のときに亡くしていた。その日父は、町内会の会合というやつで、朝早くから出掛けていた。お昼前には、帰ってくると言ってくれた。
その日は、弥生の誕生日の翌週の日曜日で、その前の日曜日は運動会があったので、その日に家族みんなで遊園地に行こうと約束していた。それを弥生はとてもとても楽しみにしていて、朝一番に起きて、ずっとずっと玄関で待っていた。ずっとずっと、8時間も待ったのにお父さんはその日結局、帰ってこなかった。ウソツキ。弥生は怒り、絶対絶対お父さんを許さないと決めた。あんなに楽しみにしてたのに。あんなに一生懸命待ってたのに。絶対絶対許さない。
お父さんなんて、大キライ。
お父さんなんて、死んじゃえ。
お父さんが会合の帰りに交通事故に巻き込まれたと聞いたのは、その2時間後だった。
「か、勘弁してくれないかな、間くん……」
弱りきった声を出す父に反応するように、弥生は胸元からグレープフルーツを取り出す。
シャクッ、と豪快に齧る。
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