物の怪の類

 間六彦と柚恵の声が、珍しく重なった。

「う……ぅえええええええんっ!」

 それに本当に舞奈は泣き出し、間六彦はこれからなにか話し合うときは絶対に舞奈がいない時に行おうと心に決めた。

 去り際、柚恵は喚く舞奈をなだめすかし押しながら、間六彦にウインクをした。間六彦はふたりが完全に去るのを待ってから、10分ほど開けて、外に出た。そして携帯を弄って、柚恵にメールを送ろうとした。だがメールなど、今まで家族に対して最低限の連絡事項などしか送ったことが無かったから、どう綴ったものか頭を悩ませた。えーと、婦女子相手だし絵文字とか使ったほうがいいのか?

 カァカァ、と鴉が鳴いていた。ふと顔を上げると、真っ赤な夕焼けが目に入った。感慨深くなって視線を下げると、四歩先の川原に弥生がひとり、立っていた。

 間六彦は携帯をポケットにしまい、片手をあげた。

「よぉ、元気してるか?」

 弥生は俯き加減で、こちらの言葉に応える様子は無い。間六彦はどうしたものかと、次の話題を考えた。

「おぉ、そういえば今メールの打ち方で悩んでいてな。少し、相談に乗ってくれないか? ちと、ゆえりんに相談――」

「六彦、柚恵、好きなの?」

 またその質問か、という想いは拭えなかった。

 それはおそらく、瞬間的にだが顔に出てしまっていたらしい。

「好き、なんだ」

「仲間としてだ」

 我ながら弁解めいていて、まるで浮気現場にでも遭遇した気分になった。

 弥生の表情は、陰になっていて窺い知れない。ただなんとなく、泣いているんじゃないかと思っていた。

 まったく俺は、ジゴロだな。

「というか、なんだ? 俺が仮に舞奈を好きだとして、なにか問題でもあるのか? 以前俺はお前に、言ったよな? お前が俺を好きで、みんなも俺を好きで……と。その際お前は調子に乗るな、と俺の顎に飛び膝蹴りをかましてくれた筈だ。なのに今さら――」

「別にー」

 顔を上げた。

 間六彦の予想は、違っていた。実際の彼女は――嗤っていた。

「関係、ないしね。六彦が誰好きになろうが、誰嫌いになろうが。うん、ひとはみんなひとりで生まれ、ひとりで生きていくのだよー誰だったかなーカントかなんかの言葉だったかなー」

「それは偉人の言葉ではないと思うが……」

「ふへへ。わたしはキミとは、別の人間だ。だからー、気にしなくてもいいよー」

 そう吐き捨て、弥生は身を翻した。一瞬、追いかけようかと思った。

 だが突然、一羽の巨大な鴉が目の前に降り立ち、弥生の姿を覆い隠したかと思うと、次の瞬間には飛び立ち――既に弥生の姿はそこにはなかった。

 まるで、物の怪の類だった。

「…………」

 この先を案じると、柚恵とのメールがすべての鍵を握っているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る