どうせ生まれてきてゴメンなさいな人間ですよ
成仏しろよ、と間六彦は言った。それを弥生は、傀儡谷京華に体の自由を奪われながら、迫る右足の甲を呆然と見つめながら、聞いていた。その意味はなんだろうと考えていた。
だってこの場所には、他になんにもない。考える時間なら、無限に近いくらいあるろう。既にここに来て、体感でたぶん十時間は経っていた。
普通に考えるなら、死ねという意味だと思う。だとするなら、合点がいく。今までもずっと、その類の言葉は耳にタコが出来るほど聴かされてきた。どうせ生まれてきてゴメンなさいな人間ですよ。弥生はそう強がったものの、一気に悲しい気持ちに陥る。
どうせ、わたしなんて誰も気にしないよ。
辛かった。認めざるを得ないとしても、嫌で仕方なかった。なんで自分はこうなんだろうか? 普通に――ただなんにもない普通の女の子に生まれたかった。自縛霊や浮遊霊なんて、視たくなんかない。変な霊能力なんか、無くっていい。ただ普通にみんなと笑い、恋の話なんかしちゃったりして、ただ当たり前に、当たり前の幸せを――
泣きたくなるくらいの、高望み。
だいたい本当に悪霊にとり憑かれてるだなんて、思いもしなかった。くぐつダニ、とか言ったっけ? なんの恨みがあって自分にとり憑いた――のかは、もう聞いたか。そういう意味じゃ、どの道逃れられない運命だったのか。
運命だったのか。
こうして間六彦に、蹴り殺される事も。
せめて――いや、どの道一緒か。
弥生は張っていた意地を、解いた。どうせこの先この真っ暗な闇の中で過ごしていくのだ。死というものは極楽浄土か焦熱地獄のふたつに分かれていると母からは教わっていたのに、真実はこんなに味気なかった。つまらない。どうせなら延々と焼かれ続けたほうが、よっぽど刺激があって素敵だというのに。
どうせ自分には、それくらいがお似合いだというのに。
切ない。
寂しい。
寂しいな、六彦――
「うっ……」
唐突に、弥生は声を漏らした。自分が死んだのだろうことは六彦の鮮やか過ぎる、まるで閃光のような右上段廻し蹴りが飛んできた瞬間には、理解出来ていた。だから言葉は発さなかった。発したところで誰にも届くことは無く、無駄だったから。そうだ。だから言葉は、発さずにいた。無駄なことは文字通り、ムダで無意味なことなのだから。
そう、頭では理解しているのに。
「う……うぅ……うぅぅううううっ!」
嗚咽が、次から次に漏れて、止められなかった。寂しかった。瞳が、表面張力。辛いよ。誰も慰めてはくれない。悲しいよ。意味なんてない。
「かなしいよ……ろく、ひこォ……お父、さァァァアアン!!」
弥生は、絶叫した。もうなにもかも、関係なかった。ただ辛くて、ただ寂しくて、ただ悲しくて弥生は泣いた。六彦に、殺されてしまったことが。結局誰も、自分を受け入れてはくれなかったことが。そして誰にも、結局は甘えることが出来なかった自分が。
お父さんが、わたしを置いて逝ってしまったことが。
「あぁん、うわぁあん、あうあうあああああ! なんで、なんでわたしを置いて逝っちゃったのよ! 死んじゃったのよ! なんで、だから、わたし、ひとりで、一人で、独りで……あああああああああああああ!!」
「ごめん」
返事があるなんて、ありえない。
だから弥生は、完全に一瞬、凍りついた。
「――――」
バカな、そんなわけない。今のは空耳、そうとしかありえない。だってここは死後の世界で、他に誰もいなくて、だからこそわたしはぶっ壊れて、決して誰にも晒すことのなかった本当の――弱い自分を、見せてしまっているのだから。
弥生は、機能停止状態に陥った。それは恐怖でも、焦燥でも、パニックですらなく、ただただ許容量オーバーだった。そのまま肩越しに後ろを、振り返った。
その時の弥生の感情は、無だった。一切なにひとつ、予想出来ていなかった。
そこに、一人の男性が立っていた。
「――――」
それでもなお、弥生はなにも思うことは出来ない。その人物は、こちらを向いていた。くたびれたシャツに色褪せたチノパンを履いており、白髪交じりの年の功は40手前といったところ。柔らかい笑みを浮かべ、サイズの合っていないメガネを片手で直し、反対の手をこちらに向けて振っている。いい笑顔だった。それはこちらを、安心させるほどに。
しかし一つだけ、異質なところは。
その人物の、膝から下は――一切なにも、見受けることが出来なかったことだ。
「…………う、そ」
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