乾坤一擲

「いっ!?」「きゃあ!!」「し、信じらんねぇっ!」「けーしから――――――――んっ!!」

 その場は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。マグニチュードで言えば8,5はくだらないレベル。バランスさえまともに保てず、みなお互いでお互いにしがみついていた。

 そんな中、ガードを固めた間六彦――の足元は放射状に亀裂が入り、大きく陥没していた。舞い上がった破片は視界を覆うレベルだ。柚恵はそんな間六彦を心配そうに見つめ、舞奈は「ふにゃぁ?」と呑気に目覚めていた。

 傀儡谷京華は、ドヤ顔する。

「へ、へーん、どんなもんよー糞餓鬼がァ? 潰れた? 死んだ? わらわに逆らう者は、みんなこうな……って、あら?」

「へっ……生きてる、ぜ?」

 間六彦、ドヤ顔返し。

 クロスしていた両腕を解き、仁王立ちで傀儡谷京華を見上げた。それに傀儡谷京華は、歯噛みする。

「な、な、な……なんで生きてんのよ、あんたはっ!? し、死ぬでしょ、今の喰らえば、ふつう! どうなってんのよ!?」

「こうなってんだよババァ、見てわかんねぇかよ?」

「ぐっ……このぉ!」

 傀儡谷京華は、今度は拳を突き出した。すると五メートルは離れている間六彦の腹がベコンっ、とへこみ、次の瞬間その場に、突っ伏す。

「ろっくん!!」

 柚恵が、悲痛な叫び声をあげた。それに舞奈も「へ? なに、どうしたの?」と場違いな問いをあげた。

 間六彦は、小刻みに震えていた。

 傀儡谷京華は、そこで初めて勝ち誇った笑い声をあげる。

「ぐっ……ぐふふふふ、ふふ、どーよ糞餓鬼? てめぇがいくらモテようが、調子こいたことほざこうが、年の功には勝てねぇって言ってんのよ。わかったか、あァん? ぐへへへ、さーてその面拝もうかね」

 スタスタ、と傀儡谷京華は歩き、うつ伏せに倒れる間六彦の髪を掴み、顔を上げさせた。傀儡谷京華は、楽しみにしていた。痛みと屈辱に塗れた表情を、想像していたから。

 間六彦は口から、大量の血を吐いていた。それがアゴから胸元までを真っ赤に染め、さらに激痛のためだろう瞼も閉じられ、顔も厳しくしかめられていた――が、

「へ?」

「乾坤一擲」

 なぜか口の端で――

「なにそれ?」

「俺のすべてを、この一撃に込める」

「は?」

 笑っていた。

「成仏しろや、逝き遅れのババァ」

 柚恵は、気づいていた。

 間六彦の両腕は、最初の一撃で砕かれていたことを。強がってはいたがダラリと下げられた両腕は、一度も動かされることはない。たぶん指一本、動かせないだろう。そして続けて受けた腹部への攻撃で、内臓まで損傷している。吐血までしたのだ、正直、生死を彷徨う重症。普通の人間なら、病院直行コース。

 御獄の時と違い、それはまったく容赦のない非情な攻撃の連続だった。

 殺意の、塊だった。

 人に害成す、正に悪霊の所業。

 そんなのが今まで弥生ちゃんの中にいて、悪さして、そうして彼女が苦しんでて、今こうして大切な仲間であるろっくんまでヤって――

 許せない。

「やっちゃえ、ろっく――――――――んッ!!」

「うるァアっ!!」

 裂帛の気合いとともに、間六彦は右足を振るった。

 蹴り。

 それは生まれて初めて、人に向かって放つものだった。拳ですら、その生まれ持った圧倒的膂力ゆえ、過去に二度しか人に向けたことはない。さらに足の力は手の三倍、破壊力もそれに準ずる。

 狙いは一点、

「……成仏しろよ、弥生」

 霞。

 バツンっ、とまるでブレーカーが落ちるように、弥生の意識は消え去った。

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