ふぐぅな一生

 ガクン、と身体が揺れた。

 ――え、なに?

 弥生は思ったが、しかし言葉にはならなかった。意味がわからず、弥生は眉をひそめる。

 すると、知れず自分の口が動いていた。

「……いつから気づいてたの?」

 自分の意思とは、関係なく。

 ――ど、どういうこと?

 弥生は、動揺した。今のは、自分がいった言葉ではない。しかし聞こえたのは、自分の声。焦燥感。まさかという恐怖。背筋をゾクゾクと、悪寒が這い上がっていた。

 間六彦を見ると、なぜか自信満々のように思えた。

「まぁ、最初からといえばその通りだな。神ノ島弥生という女は、どこか、というか違和感の塊だった。最初こそ初めて見るタイプ故かとも考えていたが、残念ながら俺の直感が外れたことはない。そこで柚恵や、て……を初めとした親しい人間から、情報を集めることにした」

「柚恵やて、って関西弁?」

「気にするな。その結果、お前は幼少の頃より、人が変わったような言動を取ったり、記憶の齟齬が生じたり、身の回りで怪現象が頻発するようなことがあったそうだな?」

「よく頑張ったわね、褒めてあげるわ」

 フフっ、と弥生は笑った。こんな笑い方、決して自分ではしない。それだけで充分すぎるほどの恐怖を、弥生は抱いた。

 まさか、と思ったのは気のせいではなかったのか。

「お前は失敗した、傀儡谷京華。いくら苦しめるためとはいえ、御獄での一件はやり過ぎだ。どれだけ霊能力とやらがあるといっても、一介の人間にあれだけの破壊が行えるわけがない。となれば、考えられる可能性はそんなに多くはない。神ノ島になにかよくないものが憑いていると確信するのに、そんなに時間は必要なかった」

「霊能力を『とやら』なんて言ってるのに、悪霊の存在は信じるの?」

「しらん」

「あら?」

 肩透かしを喰らった様子の弥生にも、間六彦は一顧だにしなかった。

「だが、目の前にいるのは神ノ島ではないのだから、それが悪霊だろうが多重人格者だろうがUMAだろうが、そんなことは知ったことではない。というかいずれにせよ害成す者ということは、ただただ俺の敵だ」

 ぐるん、と間六彦は肩を回した。

 弥生――の身体を支配下に置いた傀儡谷京華は、不敵な笑みを漏らす。

「なに? ヤル気? 若いわねー、そういうのお姉さん、嫌いじゃないわよ」

「うるせぇよ、イキ遅れのババァが」

 いきなり口調が変わった間六彦に――京華の顔が、鬼の形相に変わる。

「あ"ァン!? 何ほざいてやがんだこのガキャア! ぶっッッ殺すぞ、オラァあァ!!」

「見苦しいな。だから誰にも相手にされねぇんだよ、てめぇは」

「づッ!?」

 脅しかけたつもりがまったく意に介されず、逆に図星まで突かれ、京華は言葉に詰まる。それに身体の支配権を奪われている弥生は、眉をひそめる心地だった。

 なんだか意外とこの悪霊、しょーもない?

「……わらわのなにを知ってるっていうのかしら、この餓鬼が。あー厭だわ厭だわ、これだから経験少ない子どもは――」

「傀儡谷京華。この地を統べるシャーマンである傀儡谷家に生まれたことで、幼少の頃より特別扱いされ、自身もそれに甘んじ、結果的に傲慢で、鼻持ちならない性格と相成り、故に周囲の同世代からは疎んじられ、特に異性とは口を聞く機会さえほぼ皆無のまま、16になった頃訪れた大飢饉の折りに満場一致で生贄に選ばれ、捧げられ、不遇な一生を終える」

「ふぐぅいうなこの莫迦っ!」

 吐き捨て、京華はえんえん泣き出した。丸っきり子どもだった。間六彦は頭を抱える。やっぱり六彦はそういう役回りの方がらしくていい、と弥生は無意識下で思っていた。

 間六彦はポキポキ、と指の骨を鳴らした。

「さーてっ、準備はいいか?」

「莫迦馬鹿バカッ、少しは空気読め阿呆――――っ! こ、この……やってやろうじゃねぇかよ――――――――ッ!!」

 弥生――傀儡谷京華はその華奢な右手を振りかぶり、せいいっぱい、振り下ろした。

 その直前、間六彦は両腕をクロスさせ、自身の身体を覆っていた。

 その下に隠れる口元は、笑っていた。


 ズガォンっ、と祭壇が大揺れした。

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