イシカキザキ、せーぶモード
柚恵はただ、電池の切れた人形のように布団の上で跪き、続けた。瞬きひとつしない。動くという選択肢が、無かった。面倒がどうのという話ではない。
柚恵は過去、イジメられた経験があった。
その折り覚えたのが、自分の存在感を消す術だった。視線を下げ、身じろきせず、体温や心拍数までも抑える技術だ。それをずっと続けていたため、気がつけばその状態が当たり前になっていた。だから弥生たちといると、確かに楽しいのだが、その倍もの疲労が肩にのしかかるようになっていた。
それを柚恵は、癒していた。頭も空っぽにして、全身の力を抜いて。
ガラっ、と唐突に襖が開けられた。
「……お、石垣崎か」
それに柚恵は再起動をかけ、とりあえずセーブモードでのろのろ顔を上げる。
間六彦が、そこにはいた。
なぜ?
「ハイ……イシカキザキ、デスケド」
ぼそぼそと返事すると、間六彦は目を丸くした。
「どうした? 少し、話し方がおかしくないか?」
「ソウデショウカ?」
『…………』
微妙な空気が流れた。間六彦はあったであろう用事も忘れた感じで、じっと柚恵を見つめていた。当の柚恵も白痴のように間六彦を見上げている。異質な空気感だった。
「――なんだ? それが、本性なのか?」
初めて耳にする言い回しに、セーブモードの柚恵は興味をそそられる。
「ホンショウ、って? ソレ、どういう意味デ言ってル……のかなぁ?」
「擬態しているという意味なら、俺もそう変わりはしないからな」
ピン、とくる言い回しだった。
柚恵は微かに、頬を上げた。
「へぇ……そう、なんだぁ。じゃあそれ……なんで、してるのぉ?」
いくつかの疑問のうち、柚恵はひとつを選択した。
間六彦に、まったく気負う様子は無かった。
「怖いからだ」
意外といえば意外、そうでもないといえばそんな言葉だった。
「……怖いの? ろっくんが? なにが?」
「すべてさ。いや、その言い方は多少の語弊があるかもしれないな。俺はひとに関わること、すべて、怖いんだ」
「どうしてぇ?」
「人ほど恐ろしいモノは、この世に存在しないだろう?」
否定する気にも、なれない。
「だったら……だって、ろっくん……ゆえたちにもギタイ、してるの?」
「もちろんだ」
どちらの意味のもちろんなのか、咄嗟には判断できなかった。
「そっ……かぁ。なんだかそれは、なんていうかぁ、とってもぉ――」
「気にしなくていいぞ」
その端的な言葉の意味が理解できてしまうのが、柚恵は少しだけ嬉しくて、少しだけ寂しかった。
――取り繕う必要は、まったくない。お前はお前の感性を、そのままぶつけて構わないぞ。
「うん、けど……ろっくんはなんでぇ、ゆえたちにぃ?」
関わったのか、と柚恵は尋ねたつもりだった。
間六彦は少しだけ、躊躇っているようだった。
だけど少しだけ、イキイキしているようにも見えた。
「……それは、発端だけを言うなら神ノ島を助けるためだな」
「別の意味をいうならぁ?」
柚恵に倣ったかのように、間六彦は口元を吊り上げた。
「――お前たちに興味を持ったからだ、石柿崎柚恵」
「ゆえ、たちぃ? ってことはぁ、ゆえだけじゃないんだよねぇ?」
「もちろん正体不明の存在である神ノ島弥生の正体も、気になっている」
「まいにゃあ、は?」
「…………あぁ」
「それはどっちの、あぁ?」
「いや、その……察してくれ」
「うぅん?」
「……勘弁してくれ」
「しょうがないなぁ」
すっかり柚恵は、いつもの調子――以上に取り戻し、ニコニコ愉しげだった。それに間六彦も参ったというように至極自然に、笑った。
「それで、何の用なのぉ?」
あぐらをかいて、その間の股に両手を乗せる形で布団の上に座り、柚恵は砕けた感じで訊いた。パジャマ姿だったから下着が見える気遣いこそなかったが、はしたなさに間六彦はドキドキする。
「いや、大した用でも無いのだがな」
そして同じように並んだ布団の上に、なぜか正座で向かい合った。膝の上に、掌を乗せる。
「じゃあ、女の子の部屋にぃ、大した用でもないのに来たって言うのぉ?」
「そ、それを言われると辛いな……」
「あ、ごめんごめぇん、うそうそ冗談だからねぇ?」
「あ、そ、そうか? いやその辺りの機微は心得ていなくてな、スマンな」
「謝ることじゃないよぉ、それで、どんなご用だったのかなぁ?」
「いや、神ノ島のことなのだが」
「うん、やよよんがぁ?」
「彼女は、なにかに憑かれているんじゃないか?」
一瞬の空白を、間六彦は見逃さなかった。
「それは……」
「違うのか?」
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