その一言が、いえなくて

 そして再度拳を振りかぶり、生まれて初めて本気で全力で、今度は地面にソレを、叩きつけた。

 ゴゴゴゴゴォン、という唸り音を立て、地震が巻き起こる。

「きゃ、きゃ――――っ!!」「へ? なにこ……れ――――っ!?」

 ぐらぐらぐらぐらと秘密基地全体が揺れ動き、先ほどの衝撃と相まって、あちこちから崩落が始まっていた。人の頭ほどもありそうな岩が、いくつもいくつも降り注いでくる。それをぼーっと見上げる舞奈が柚恵に突き飛ばされ、反対側の壁に頭をぶつけて目を回していた。それを追いかけ抱えあげ、一瞬だけ二人に振り返り、そして決意したように視線を外して、柚恵は出口へ向かって走った。結局ふたりに、柚恵は一度も語りかけることは無かった。

 崩落を始めた、御獄(うたき)――沖縄に昔から伝わる祭祀などを行う聖域の中で、二人は真っ直ぐに互いだけを視界に収めていた。

【……なんで?】

「なにがかわっかんねぇんだよ!」

 間六彦と、そして弥生の口調もまた、元来のものへと変貌を遂げていた。いつも陽気な弥生はぼんやりとした様子に、落ち着き払っていた間六彦は荒々しいヤンキー風だった。

【……どうしたの、六彦?】

「てめぇのせいだろうが!」

【なんかヤな事でも、あったの?】

「てめぇのせいだっていったんだろうがァ! ひとをバカバカバカバカぶん投げまくりやがってぇがっ、骨折れてんだろうがコレァくらげみてぇだろうが痛ぇんだよこの野郎がッ!!」

 もう一発、手近な壁をぶん殴った。さらにズドン、と御獄が揺れる。一際大きな、崩落。もう御獄全体が崩れるのも、時間の問題だろう。

 弥生の瞳は、揺れていた。

【ご……ごめん】

「なんでこんなことやった?」

 まっすぐ目を見ると、弥生はその視線から逃げた。

 そこに、一瞬で間六彦は間合いを詰める。

 目の前に間六彦の顔がアップになり、弥生は度肝を抜かれた顔になる。

【ぅえ!? って、あ……な、】

「逃げるな」

 ズキンっ、ズキンっ、とそれはそれは凄まじい激痛が暴れ狂っていた。しかもすぐ傍を、いくつものいくつも岩が落ちてくる。いつ当たって、死んだっておかしくない。まったく史上最悪の状況だった。

 だっていうのに、なんで自分はこんな悪霊娘の心配なんてしているのか?

【に……逃げて、なんか】

「逃げてるだろうが。目を逸らして、大暴れしたあげく、惚けてなんにも言わないだなんて、逃げてる以外なんて言うんだ?」

 図星突かれたのか、弥生は顔を真っ赤にして無理やり顔を逸らした。

 間六彦はその顎を引っ掴み、無理やりこちらに向かせた。

 弥生は目を、激しく揺らしていた。

【は……離してっ!】

 ごん、ごん、と顎を理解不能の力で殴られる。まるでぐーでやられる往復ビンタだった、なんてじゃじゃ馬娘。

「ちょっ、やめっ、おまっ……だー!」

 ぐん、と顔を引き寄せた。目と目の距離、推定一センチ。つまりほぼ、距離ゼロ。

 弥生は顔を真っ赤にした。

【い? ぅ、あ……】

「オレを見ろっ!」

【み……見てる、けど?】

「オレはお前と、向き合ってやる。なんだ? オレのなにが問題だ? 言ってみろ。絶対とは言えないが、改善できる範囲であれば努力してやる。なんだ、どうだ、なんなんだ!」

 ほぼ相手と焦点が合わないほどの近接距離で、間六彦は迫った。背中を掠める形で、岩が落ちていった。見ると既に、落ちてきた岩に囲まれていた。もうここで死ぬかもしれないな、と間六彦は頭の片隅で思っていた。

【……問題があるわけじゃ、ない】

「嘘付くな」

【……うん、嘘。本当はもんく、ある】

「なんだ?」

「……なんで六彦、そんなにカッコいいの?」

「ああ、カッコ……は?」

 唐突な言葉に、二の句が繋げられなかった。

 弥生は一度話し出すと、堰を切ったように止まらなかった。

「だって……ズルいよ。六彦、わたしのこと怖がんないし、みんなと本当の意味で仲良くなっちゃうし、わたしたち、変えちゃうし……すごく強いし、でも弱くて、愛おしいし……」

「……そうか」

「なのにわたしの気持ち、気づいてくれないし、わかってくれないし、デリカシーないし、最低だし……」

「そ、そうか……結局俺は格好イイのか最低なのか、わからんな……」

「最っ低で……最低だよ、ホント……」

「結局最低なのか」

 弥生はぐったりしたように、目を伏せた。間六彦もその様子に、手を離した。やはり、自分の考えは間違っていなかったようだ。

 こんな自分が誰かの好意を得るなどということは、間違ってもない。

 やはり自分は、最低だ。

 真横に、岩が落ちた。自分たちは完全に岩に囲まれ、御獄は完全崩落一歩手前。生き埋めか。ある意味心中のようなものか、申し訳ないとも思う。

 間六彦は覚悟し、目を閉じた。

 すると掌に、なにか温かく――優しい感触が、生まれた。

 間六彦はそれにビクッ、と怯え、おそるおそる瞼を開いた。


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