体験入部
「いやあんたのがなにいってんのよ!? 実際泣いてんじゃないわーびっくり」
「やだなぁ、いきなり泣くのはぁ、まいにゃあの専売特許だよぉ」
「いつからっ!?」
「あははははは、まいにゃあおもしろーい」
「なんかキャラ弥生と被ってないッ!?」
楽しかった。なぜだかわからないが、どうしようもなく。嬉しかった。なぜだかわかるし、信じられないくらい。そんなこと、来ないと思っていた。無理だと思っていた。自分にはそんな価値ないと思っていた。
「……ぷっ。何言ってんのー、柚恵?」
弥生が、笑いかけてきた。
もう二度と手に入らないと思っていた、それは今まで通りの関係だった。
自覚するくらい、涙が濁流のように溢れた。
笑おうとした。
「……! 弥生――――――――っ!!」
取り繕えなくなって彼女に抱きつき、柚恵は吼えた。
「おーよしよし、柚恵はやっぱり泣き虫だねー」
知っていた。自分の、まったく成長していない本当の姿を。
知ってしまったら、もう止まらなかった。
「弥生……にゃ――――――――――――――――ッ!!」
「え、柚恵なにいって……っていうか本当どうしたお前!?」
「はいはい、舞奈は本当バカだね。柚恵がネコ化したから、わたしが代わりに言っといてあげるわ」
「嬉しくね――――っ!」
間六彦はその様子を、腕組みして黙って見つめていた。眩しかった。そしてその仲間だといってくれたことが、本当に光栄だと思えていた。
だからその代わりに返せるものは、絶対に返したいと思っていた。武道家の矜持だとも言えた。
その日の放課後、間六彦は舞奈の元を訪れた。
ぬぼーっ、と半眼で身支度を整えていた舞奈は、いきなり目の前に巨大な影を発見してびっくり、仰け反った。
「……ふぇ? あ、な……あ、間か」
「間で悪かったな」
「いや、別に? で、なんか用?」
まったく悪びれる様子もない舞奈に、間六彦は笑みを作る。
「体験入部、させてくれないか?」
琉球唐手道部の部長に、余っている道着をあてがわれた。黄ばみ、いくつかカビも見受けられる、古いもの。帯は当然、純白。間六彦は微かに新鮮な気持ちとなった。
初の、琉球唐手道だった。
「では、一日体験入部に当たって、いくつか注意事項をば――」
「ぶちょうぶちょう、このひとなンか内地で空手やってたらしいですよ?」
「お? そうなのか?」
舞奈の耳打ちに、部長の目がパッと輝いた。その反応に、舞奈は少し危惧した。基本面白物好きなひとだから、なにか無茶ぶりなりトラブルを起こさないとも限らない――が、まぁいいか。実際面白そうだし。
静観。
「じゃあお前。腕前見てやるから、どこでもいいから打ち込んでみ――」
野太い右腕が、部長の左頬に密接していた。ふわり、と遅れて部長の襟足が舞い上がる。
つー、と頬から一文字の血が、流れる。
「…………」
一拍の間を開け、間六彦は拳を引いた。部長は、動けない。動けないまま、パクパクと口を動かした。
「お……おお、や、やるなあ一年生……な、なかなか筋のある突きだな、うん……お、おじさんびっくりしちゃったぞぉ、ハハハハ……」
「恐縮です」
「で、ではみんなと混じって、やってみようか? さ、小峰。あ、案内して?」
「お、押忍……こっちだ」
「押忍」
間六彦が、めがねの小峰について向こうに去ったのを確認して――部長は、腰を抜かした。ぺたり、と最後の意地で音だけは立てなかった。ひくひくと全身が痙攣し、一歩も動けそうになかった。
そこに舞奈が肩に手を当て、一言。
「……だいじょぶですか?」
「てなまり~……あんな化けもんなら、先にいっとけよな~」
「いえ……面白いかな、って」
「死ぬかと思ったっつーの」
舞奈のほうは腹筋が痙攣して、堪えるのが大変だった。
そして間六彦は琉球唐手道部の一員として、ともに稽古に励んだ。基本に移動稽古、型に組み手と、汗を流した。ともに動き、ともに気合いを入れ、時間を共有した。実際に当てこそしなかったが、それは意義あるものだった。
最後にみんなで道場訓を反芻し、その日の稽古を終えた。
汗に塗れたいい笑顔で、部長は間六彦に問いかけた。
「それで、どうだった? 初めての琉球唐手道は?」
「大変勉強になりました。ありがとうございます」
汗一つかいていない涼しい顔で、間六彦はそつなく頭を下げた。その反応に部長は苦虫を噛み潰したような顔をして震えたあと、諦めたように肩を落とした。
「――それで? 入部するか?」
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