なーんちゃって

 そんな彼女が、ちょっと忘れたとかそうじゃないかな、とかいうフワっとした理由でだなんて、ありえない。

「うん、まー、そー、六彦もけっこーこっちの生活にも慣れてきたっぽいから、親離れしてもいい頃なんじゃないかなーって」

 もちろん舞奈は、そんな思惑に気づけない。

「誰が親よっ! とまぁ、確かにもう一ヶ月だしね。じゃあ、今日はウチらだけで――」

「えぇ? 可哀想だよぉ、迎えに行ってあげようよぉ」

 柚恵はあえて、そこで粘った。

「そ、それもそうね。よし、仕方ないから迎えにいってやりますか手那毬舞奈さん直々にっ」

 もちろん舞奈が反応する事も、想定の範囲内。

 弥生が反応する間もなく、先走り先陣を切る。柚恵は微笑ましく見守りながら、弥生の表情を盗み見た。

 目が、合った。

 最初の頃を連想させる、深く底が知れない瞳だった。

「――どーしたの?」

 お株を奪うような微笑み返しに、柚恵は心の奥で微かに動揺した。顔には出さなかったが、しかし気づかれなかったか僅かに気掛かりだった。

 弥生はなぜか、こちらに一歩迫ってきた。

「え……な、なにかなぁ?」

「柚恵の気持ちが、わからない」

 それは、こちらの台詞だった。またもお株を奪われたような形。柚恵は気後れし、無意識に一歩後ずさる。

 弥生の笑みが、酷薄なものへと変貌(か)わる。

「どーしたの? なんだかとっても、"後ろめたそう"だけど?」

「そ、そんなことないよぉ? なんでそんなぁ――」

「柚恵、なにか知ってるの?」

 さらに一歩、踏み込んでくる。柚恵は、動けない。これ以上下がると、なにかマズい状況に陥るようで。弥生はさらに一歩、踏み込んできた。これで二人の距離は、限りなくゼロに近くなった。彼女の瞳は、目と鼻の先だ。なのに彼女は、さらにこちらに踏み込んできて――

「なーんちゃって」

 ふわっ、と抱きついてきた。そしてキャハハ、といつもように愉しげに笑う。それに柚恵も、答える。

「……もー、やよよんびっくりしたよぉ。だってぇ、いきなりなんだもん」

「ゴメンゴメン、ちょっと遊んでみたくてー」

 両肩を押して、弥生は柚恵の顔を見た。そこにはやはりいつも通りの楽しげな笑顔が浮かんでいた。柚恵は気づかれないよう、微かに胸を撫で下ろした。そして寄り添って、ひとり先走り気づけばひとりでぽつんと佇む舞奈に追いついた。

 柚恵は心中、微笑んだ。

 ――そんなことじゃ、騙されないよ?

 弥生は、嘘がヘタだ。心のままに生きている為、誤魔化すことに慣れていない。柚恵は彼女の心が、揺れ動いていることに気づいた。それもおそらくは彼女自身が、気づかぬうちに。

 その実態を、探ろうと思った。もちろん彼女に、気づかれぬうちに。

 自分を救ってくれたのは、舞奈だ。

 ならば小学三年生の時に転校してきたこの孤独な少女を救うのは、今度は自分でありたい。

「なに?」

「なんでもないよぉ?」

 振り返る笑顔を、本物にしてあげたかった。

「あ、間いた」

 なんて思惑や駆け引きには関係なく、舞奈が声をあげていた。相も変わらず、失礼な言い回し。

 さて、彼はどう反応するのか?

「おう、手那鞠今日も元気にバカだな!」

 ピシッ、と空間が凍りついたようだった。

『――――』

 みな、一瞬前の体勢から動かない、というか動けない。いま、なにを聞いたのか理解できない。誰がなにを喋ったのか、わからない。

「……あいだ?」

「おう、間六彦だ。なに用だ?」

「あ、うん……なに、いいことあった?」

「いい事とはなんだ?」

「え、と……彼女できた?」

『ぶっ!?』

 予想外だった。

 その言葉で吹き出したのが、舞奈以外の三人だった。三人とも、舞奈のぶっ飛び発言にぶっ飛ばされてしまったのだ。柚恵は吹き出しつつ、横目でふたりの様子を窺う。

「お、おまっなにいって……!?」「あ、あんた本当バカ……っ!」

 二人して顔真っ赤にして、テンパっていた。ふたりとも、今までなら見られない反応だった。なんだか、微笑ましくさえあった。

 だったら、自分は背中を押そうとかと決めかけていた。

「そ……それで、今朝は"弥生"は、どうしたんだ? いつもは迎えに来ていたのに」

 ん?

「……ろっくん?」

「どうした? "ゆえりん"」

 ハ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る