神の島
こいつ見てねぇな、という疑問はなにも生まないから口に出さないことにした。というかどうでもいいところで話が進まなかった。どうでもいいから、もう帰ろうかなと間六彦は半ば本気で思い始めていた。
「――六彦さ、」
姫が、おそらくは酒だろうお猪口の上からグレープフルーツを絞っていた。これで酎ハイ、もしくはグレープフルーツ割とかにでもなるんだろうか? いやそれよりもお前未成年だろう。
「な、なんだ?」
割り箸の片方でカチャカチャとかき混ぜ、そしてぐい、と煽る。いい加減、止めた方がいいのだろうか? いや止めるべきなのだろう、倫理的には。
「ぷぁ。でさ、結局六彦ってなんなわけ?」
「…………」
頭を抱えた。元の木阿弥だ。これだから酔っ払いは性質が悪い。空手の忘年会を思い出した。ホント帰りたい。
「その質問って、どゆ意味?」
舞奈が食いついた。
弥生は、不機嫌顔だった。
「――なに? ってか舞奈に話しかけてないんだけど?」
「え……いやごめん……でも、ちょっと質問意味わかんなくない?」
「なにが?」
「間はウチらの仲間で、空手めっちゃ強くて、ウチのファンなわけじゃん? なのになに聞きたいわけあんたは?」
シン、と静まり返った。こういう時、空気読めないヤツは便利だと思う。
口を開いたのは弥生でなく、柚恵だった。
「ゆえたちがぁ、聞きたいのはそういうことじゃなくてぇ、どうしてろっくんはろっくんでぇ――」
舞奈は瞬き、ふたつ。
「え? は? どゆこと? なんていうか……それ、アニメの台詞?」
舞奈の予期せぬツッコミに、柚恵は硬直。カァっと顔が赤くなった。まさかのビンゴだったらしい、なんだ要はこちらをからかっていただけか。
種が見えてしまえば、なんてことないいつもの掛け合いだった。
「……もう充分か? 満足したか? だったらもう許して、のんびりと雑談でも――」
ガタンっ、と勢いがついた音がした。弥生が椅子を押して立ち上がり、出口に向かうところだった。
舞奈は慌てて、
「え……ちょっと、弥生?」
間六彦も続いて、
「――おい、弥生」
弥生は振り返らない。そのまま出口へと這い上がり、姿は見えなくなってしまった。ただ柚恵だけが微動だにせず、困惑顔を浮かべていた。
「弥生ちゃん……」
小さな呟きは、間六彦の耳にだけ届いていた。
弥生がおかしいのは、さすがの舞奈でも理解できた。いくらなんでも挙動不審すぎる。あそこまでクると姫というより暴君女王様だった。なにが原因だったのか、気にならないことも無かった。今晩のおかずの次くらいに。
というわけで、呼び出してみた。
「でさ、間なにか知らないの?」
「いつでもどこでも唐突だな、お前は?」
次の日の登校前、舞奈は事前連絡も無しに間六彦の家を訪ねていた。ちなみにとても安っぽいボロアパートの二階の端っこだった。
「ちなみに間って、一人暮らしなの?」
「あぁ、そうだが?」
「ひとりで暮らしてんの?」
「そうだが?」
なんか、イマイチ想像できなかった。ひとりで暮らしてるってことは、ひとりで起きてひとりでご飯作って、食べて、もちろんシャワーなんかもひとりで、テレビもゲームもなにもかもひとりで楽しんでいるってことか。
「そんなこと、出来んの?」
「なにがだ? 主語を言ってくれ」
頭を抱えていた。この男はこのポーズが好きなようで、しょっちゅう見かける。何気にナルシストなのかもしれない。
「守護? そりゃあ沖縄県民はシーサーだけど……なに? 間は自分の守護霊とかしっかり把握しちゃってるタイプ?」
「もういい……用件は、なんだ?」
「ん、いいの? よくわかんないな……とりあえず、あのグレープフルーツ姫よ」
間六彦の、手で抱えられた為に半分隠された眉がぴくん、と上がる。
「……どうも弥生は、みなからかなり愛されているようだな」
「え? そうでもないわよ?」
トンデモない返しに、間六彦は思わず顔を上げた。当の本人である舞奈は、キョトン顔。
「へ? どうしたの?」
「どういうことだ……そうでもないって、神ノ島弥生はみなから愛されてはいないのか?」
「あー……」
なんか微妙な空気なのは、舞奈でも察せた。どうしよう、コレ、言っちゃいけないことだったのかな? わっかんないなー……だけど間、なんか怒ってるみたいだし、びみょーに怖いし。舞奈の思考は短絡的だった。
ま、いっか。
「ちょっと、ココだけの話なんだけど……あの子って、怖がられてんのよね、びみょーに」
一応前口上とフォローは付け加えておいたつもりだった。勿論何の効力をすら、得られるものではなかったが。
間六彦は聴いた。その事情を。弥生はあの通り、神社の出であること。そして既知の通り、霊感が働くこと。さらに新情報として、見えないものが視えてしまう体質であること。
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