……あなたは、誰?
その後弥生は母に絆創膏を貼ってもらい、髪を丁寧に櫛で梳かしてもらってから、朝ごはんを半ば無理やり食べさせられ叩き出されるようにして、学校へ向かわされた。正直、まったく気乗りしなかった。誰とも会いたくなかった。ひとりで悲劇のヒロイン気取って、浸りたかった。
結局弥生は、初めて学校をサボった。
「ハァ……」
秘密基地にて、ひとりため息を吐く。自分でも珍しいと思う。落ち込んでいるのだろうか? わからない。自分の気持ちが見えない。
傍に、黒い影が生まれていた。
【――貴女はひとが、怖いんでしょ?】
喋るタイプは、珍しかった。今までの自分なら、絶対に相手にしない。
けれどその質問は、自分をその気にさせるだけの魔力を秘めていた。
「……怖いわけじゃない。ただ、迷惑掛けたら悪いなーって」
【ソレも言い訳だね】
「なにが? 言い訳なんて、してるつもりないけど?」
【解ってる癖に】
一言一言が、胸を抉るような言葉たちの羅列だった。癇に障る。なんなんだ? この霊(あいて)は、一体なんなんだ?
「……あなたは、誰よ?」
その黒い影が、少しづつ固まり、ひとつの型を形成していく。
気がついた。
その相手は――
【わたしは……貴女だよ?】
弥生が無断欠席した学校では、ちょっとした騒ぎになっていた。そも、弥生が学校を休むこと自体が初めてだ。そのうえ親は送り出したといい、しかも"アノ"、神ノ島弥生。
以前大きな問題を二度も起こした、曰くつきの生徒。みな、戦々恐々としていた。
その辺りの説明を昼休みになって教室に集まった舞奈と柚恵から、間六彦は受けていた。
間六彦は鮭入りのおにぎりを頬張りながら、その細い眉をひそめた。
「……なんだ? その、問題ってヤツは。弥生は過去、いったいどんな事件を起こしたんだ?」
至極真っ当な質問に、なぜか柚恵は舞奈を見た。
「ハグハグ」
舞奈はあぐー豚のハムを食べるのに必死だった。そんな姿を微笑ましく見守り、結局柚恵が説明を請け負う。
「やよよんが小学一年生のぉ、一学期の終わりにぃ、理科室が爆発する事件が起きたのぉ」
「……ホントか?」
思わず素で、間六彦は聞き返していた。そんなトンデモ話、いくら柚恵からの話だとしても真偽の程を疑ってしまう。
しかし柚恵は、笑顔だった。これ以上ないほどに、穏やかな。
「本当だよぉ? それで二回目はぁ、小学二年生の二学期にぃ、男の子が階段からぁ、落ちちゃう事件が起きたのぉ」
そこまで聞いて、間六彦は話の骨子を得た気がした。
「……弥生が犯人だという証拠は?」
「もちろんないよぉ。ただぁ、その時やよよんが現場にいたのは確実らしくてぇ、それから少しして噂好きのお友達がぁ、みんなに色んなことお話しちゃったせいでぇ、みんなすっかり信じちゃった……の」
ぎしっ、と軋むような音がした。柚恵は笑顔だったが、お箸を強く握り締めていた。
舞奈が、顔を上げた。
なにを口走るのか、注目といったところだった。
「――そんな話、あったっけ?」
「それはなんとも、居たたまれない話だな……」「難しいんだよねぇ……その子もぉ、別に悪気があったとかじゃあないと思うしぃ……」
「あり? もしもーし」
「手那鞠……お前はそのままで、いてくれよ?」「まいにゃあはぁ、そのままでいてねぇ?」
「う、うん?」
ふたりに肩を叩かれ、舞奈は訳わからないような様子で頷いた。さて、と間六彦と柚恵は頭を切り替え、再度向き合う。
「だとすれば、いま弥生になんらかの問題が起きていて――更なる事件が勃発するやもしれないと、みな危惧をしているということか?」
「うん……それに来週から、学園祭だし」
ぽつり、と呟かれた言葉に、間六彦は教室や廊下に設置され始めている様々な装飾品に目をやった。準備は着々と進められ、大詰めとなっている昨今では学校への無断での泊り込みなどを行う猛者まで現れ始めていた。青春だった。
「学園祭に合わせて、弥生が行動を起こすつもり、ということか?」
「うぅん、そこまではみんな思ってないと思うんだぁ……だけどこの学校ではぁ、学園祭の最後に、神事を行うんだぁ。それを、本物の巫女であるやよよんが……引き受けることに、なってる」
最初はイヤイヤだったらしい。だが学校からの強い要請に、保護者の方が断りきれなかったという。"出戻り"という負い目もあったのだろう。間六彦は弥生の実家へ行った時のことを思い返した。母上は人の良さそうな方だった。巻き込まれた弥生は、体のいい身代わり羊(スケープゴート)というところか。
「だからぁ、そのぉ……」
「事情は、わかった」
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