霊視

 間六彦は顔を上げた。勝手に似たようなものを、感じ取って。

「……お前?」

「そーいうんじゃ、ないよ。てゆーか六彦にしか、出来ないことだから。だから助けて欲しいなーっていうか、ま、良かったらっていうか気が向いたらでいーんだけどね」

「……どうした? なにがあったんだ? 俺にしか出来ないことって、いったい――」

「ま、そんな堅っ苦しく考えない考えない」

 声は、細く小さくなっていた。どこか胸騒ぎを感じて、一旦間六彦は地面に手をついて立ち上がり、

「きらくにいこー」

 再び顔を上げたときには、その姿はどこかに掻き消えていた。

 まるで一時の、白昼夢のように。


 昼休み。間六彦は教室の自席でひとり、弁当箱を広げていた。みなが机をくっつけあってワイワイやったり、学食や購買部に走る中、間六彦は黙して立ち上がらず。ただ箸だけを奥から口元へと運ぶ。それはまったくいつもの光景で、気にかけている者はほとんどいなかった。間くんいっつもひとりだねー。

 ガラッ、と前の引き戸が開かれた。

「あ、いたいた。本当に一人だわ」

「まいにゃあ? 初めて会ったひとにそんな言い方は失礼だよぉ?」

「あ、そ、そうね。うん、ごめん……」

 そこから二人の女子生徒が、わいわいと入ってくる。それに教室の生徒たちは一瞬だけ視線を向け、再びお喋りに興じた。間六彦に至っては反応すら示さず卵焼きを口へと運ぶ。

 そこに二人分の影が、覆いかぶさってくる。

「あんた……じゃなかったえっと、その……あなた。が、間ろ――」

「そうだなにか用か?」

 取りつく島も無く、間六彦は一気に捲くし立てる。

 それにその、シャギーが入った明るい髪色の女子はかなり面喰った様子を見せる。

「あぅ、その……そう用事が! 用事あるんだ――」

「なんだ?」

 間六彦は顔すら上げず、まるでそこに誰もいないかの如く絶賛食事続行中だった。それに言葉を遮られたシャギー髪の女子は金魚のように口をパクパクちょっぴり涙目になり、その代わりのようにもう一人の女子が間六彦を覗き込んでくる。

「あの……ねぇ?」

 それは酷くゆったりとした口調だった。

「なんだ?」

「ひとの話を、聞く時はぁ……ひとの目を、見た方がいいと思うよぉ?」

「そうだな」

 女子の意見を認め、あっさりと間六彦はその顔を上げた。

「はい、初めましてぇ」

 その女子は、カーテンのように長い前髪で顔が覆われていた。一瞬貞子かと間六彦は思った。その女子は前髪を両手で分けて、栗のように大きな瞳で間六彦を見つめてきた。

「ゆえの名前は、石柿坂柚恵(いしかきざか ゆえ)っていいまぁす。みんなからは柚恵ちゃんって呼ばれてまぁす」

「間六彦だ」

 その返事に柚恵はにっこりと微笑む。そしてふと、その前屈みの姿勢のためだけでは明らかになく極端に自己主張している二つの膨らみが、間六彦は気になったりした。む、デカいな。

 それに少女――柚恵はニッコリ笑い、隣で目をパチクリするシャギー髪の背に手を当てる。

「よろしくねぇ? それじゃあ、ほら。まいにゃあも?」

「あ、うん? えと……ウチの名前は、手那毬舞奈(てなまり まいな)って……いいます。柚恵とは小学生の時からの付き合いで、まぁ、よろしく……かな?」

「かなっていうのはぁ、おかしくないかなぁ?」

「そ、そう? ……よ、よろしくね?」

 痛々しい笑顔を前に、間六彦はただ無表情で応えた。そんな微妙な空気でも柚恵は特に気にした様子もなく笑い、

「それでねぇ、ゆえは六彦くんに、おねがいがあって来たんだけどぉ?」

「なんだ?」

 その気負わない返事に、シャギー髪の少女――舞奈がたじろぐが柚恵もいっさい構わず、

「あのですねぇ?」

「なんだ?」

「ゆえたちのお友達とぉ、会って欲しいですよぉ?」

「なぜだ?」

「ゆえたちのお友達がぁ――」

「あなたの助けを、必要としてるからですよ」

 舞奈に最後の台詞を奪われて、柚恵は不満そうに頬をふくらませてから、ニッコリと笑った。舞奈はそれっきりなにも語らず、一歩下がって柚恵の影に隠れる。

 間六彦は、ただ微かに眉をひそめた。

「俺の、か?」

「そうだよぉ? 六彦くんの、です」

「なぜ、俺なんだ?」

「六彦くんじゃないと、ダメなんですよぉ?」

 間六彦とふたりは、初対面だ。一切なんの関係性もありはしない。つまりは間六彦に期待してなにかを、ということなのだろうが、そうなると可能性はひとつしか思い浮かべることは出来なかった。

 つまりは、そういうことなのだろう。

「――力、か?」

「ゆえたちのお友達、幽霊がみえるんですよぉ」

「――は?」

 初めて間六彦は、面食らっていた。話の急展開に、ついていけなかった。

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