「あッ! こっ!?」

 よく、わからない感覚だった。さんぴん茶を柚恵に返し、今度は向かいに座っている弥生の飲み物を確認する。白い泡が乗った黒い液体、黒ビールにしか見えない。舞奈がまだ戻っていないのは、自分の飲み物を作っているのだろうか? 意外と殊勝な性格だ。そんな色々考えつつ、手前においてあるミルクココアに口をつけた。吹き出した。

「あッ! こっ!?」

 変な声が、二個出た。

 まず、このくそ暑いのに激熱ホットココアだった。そして濃さが、丸っきり粉そのものだった。そのダブルパンチに、間六彦は生体反射的に口から噴射――それは目の前に座る弥生の顔面に、直撃。

『――――』

 空気が、停止した。みな、身じろきひとつしない。そら寒くなるほどの静寂。間六彦はひとつゴクリ、と唾を呑み込んだ。

「……あつー」

 まるで感情が灯っていないような、一言。背筋が、ビリっと痺れたような気がした。

 熱いはずなのに。

 絶対熱いはずなのに。

 弥生はその顔に掛かったココアを、拭おうとはしない。そのままじっと身じろき一つすることなく、

「あー、疲れた。ていうか毎回毎回ウチに飲みモノ作らせるの、やめてよねー。少しはあんたも覚えて――」

「……舞奈?」

 地の底から響くような声に、しかし舞奈は気づかない。

「あによ? たまにはありがとうの一言でも――」

「……ココア、何杯入れた?」

「え? に、にじゅっぱいだけど?」

「……濃すぎ」

「ふぇ?」

 目にも留まらぬとは、この事か。

 間六彦はその挙動に、刮目した。弥生は両手をついてバネ仕掛けのように立ち上がり、駆け、顔に着いた熱湯というか熱泥(ねつでい)ココアをべったり素手で一回で拭きとり、それをぽかんとした顔をしている舞奈の顔に――塗りたくった。

 悲鳴。

「あ……あっちぃいいいいいいいいいいいいいい!!」

「……ていうかなんでホットなのよ?」

「あ、あつ、あつ、あつ、熱いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「ふんだ」

 それはいつまでもいつまでも秘密基地の底に鳴り響いた。


「――――ッ、超おいしー!!」

 ルートビアーをストローで吸い、酸っぱさと甘さにむせぶような表情と悲鳴を弥生は発した。その向こうで舞奈はどろどろとスライムのように溶けていた。扱い酷いな。

 作り直してもらったアイスココアを飲んでいると、

「それでぇ六彦くんはぁ、沖縄は初めてなのぉ?」

「そうだな。物心ついてからは、一度も訪れてはいない」

「ならよかったらぁ、ゆえたちがぁ、案内してあげよぅかぁ?」

 弥生が食いつく。

「うんうん! それがいーよっ」

 ようやく人型に戻った舞奈が、仁王立ちで胸を張る。

「じゃあ、仕方ないですから……ウチが案内したげるわよ!」

 シン、と静まり返る。理由は、それぞれだった。間六彦は胸中で、おぉ口調が変わったと驚いていた。

 柚恵は初めて眉をひそめ、

「まいにゃあ、偉そうだよぉ?」

「え? そ、そうだった?」

 弥生は腕を組み、

「そういう変にカッコつけるところ……もうちょっとどーにかならないの?」

「え、ぅ……ご、ごめん」

「…………」

 なんだか可哀想なくらい、追い込みかけられていた。人間打ち解けたほうが大変とは不憫過ぎて涙が出そうだった。

 まぁ、あまり他人事でもないのだが。

「じゃあ決まりだねー、明日から沖縄中回るよー」

「あ、あぁ……」

 本気で明日からどう逃げようかと画策する間六彦だった。

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