きみと出会ってかわったこと (11)
茅野明里と出会ってから五日がたって、死神の力というものについてより詳しくわかってきた。
死神の力。これは要約すると、ひとつの言葉で表される。
それは『促進』だ。
たとえば、学校にいるときにされたイタズラ。
授業でノートを書き、消しゴムを取ろうとして、誤って手をぶつけて落としてしまう。誰にでも経験があることだろう。俺だってつい先日、八回もやってしまった。
これを死神は意図的に起こすことができるのだ。より正確に言えば、起こす確率を上げることができる。
これは、消しゴムというものに意識がいかないように人の脳を操作しているのだという。意識をほかの物、たとえばノートや手に持っているシャーペンに引きつけることで、消しゴムへの注意を行き届かなくさせる。逆に言えば、ノートやシャーペンに意識がいくように、促している。それによって手元が狂い、ミスが生じる。ボケっとしていて目のまえのものが認識できないのと同じことだ。
しかしそれも、今度は落とさないようにしようと意識を強く持っていれば、ミスはしづらくなる。力の介入するスキがなくなるからだ。
俺が明里とはじめて出会った夜。無我夢中で走っていたせいで、足元への注意がおろそかになっていたことは、死神の力が付け入る大きなスキだったと言ってもいい。明里が何をしてくるかに怯えるあまり、その姿ばかりを目で追っていて集中できなかった最初の授業のときもそうだ。部屋で急に眠気に襲われたときも言っていた。「眠気をちょっと促進させただけ」と。あれもつまりは、俺の脳を操作して、もともと溜まっていたはずの眠気を誘発させたということだ。
誤って消しゴムを落とす。力の加減を間違えてシャーペンの芯を折る。人間のそうした些細なミスも、死神が起こしている可能性があるんだとか。幽霊を装っておどかすのと同じような茶目っ気。あるいは暇つぶし。
そこに生じている物事の流れに介入して、それを促進させること。
それが死神の力だ。
つまり死神の力は、ゼロから何かを生み出すことはできない。何もないところから火や水や電撃を出すといったゲームの魔法のようなことは不可能なのだと。力の強い死神に関してはその限りではない可能性もあるらしいが、明里にも詳しいことまではわからないらしい。
だが死神の力は、消しゴムを落とすとかシャーペンの芯を折るといった小さなことに収まらない。
人だって殺せると、明里は言った。
些細なきっかけや偶然があれば、そこに付けこんで人を不幸にする力がある。
……ここからは明里に詳しく聞いた話ではなく、俺自身の推測となるのでたしかなことは言えない。でも、どんなことができるのかについては想像ができる。
たとえば、車で飲酒運転や居眠り運転をしているとき。人の意識は散漫で朦朧になる。この“散漫で朦朧”をさらに促進させるだけで、事故なんてものは簡単に起きてしまうのではないか。衝突事故や交通事故が。眠気をさらに促進させたり、酔いをさらにひどくさせたり、あるいは手元を狂わせることだってきっとできるのだ。あるいは走っている通行人が、あと一歩踏み出しさえしなければ衝突せずにすむところを、勢いあまって踏み出させてしまうとか。
病で寝たきりになっているときなんかもそうだ。体内に存在する病原菌の活動を活発にさせたりとか、衰えていく身体をさらに衰退させていくよう促すとか、そういうことができるのではないか。
実際に考えたらおそろしい話だ。怖くて明里自身に詳しいことを聞いたわけでもないし、これからだって聞きたくなんかない。だがその死神の力とは、そういった人の命にさえも影響を与えるものなのではないだろうか。
理不尽を起こして人の命を奪う。ゆえに死神。
具体的な想像こそできていなかったものの、そんな考えがとっさに浮かんでしまったからこそ……はじめて出会ったあの夜、俺は明里に恐怖したのだ。
だからバイトにまでくっついてくる明里にも、絶対に力は使わせなかった。
同僚や上司に対してムカつくことは多いし、正直今すぐにでもキレてぶん殴りたいとも思うが……それでも。
それでも、たとえば明里が力を使い、それが原因で病院送りにでもなってしまったら。嫌なヤツであろうと、さすがにぞっとしてしまう。
けれど……。
ドス黒い闇が脳みそを覆い、思考を貶める。
毎日のようにニュースで報道されている、身勝手に理不尽を与える事件を見て、思ってしまう。人の命が奪われている事件を見て思ってしまう。もしこういうやつらでさえ、死神の力でどうにかできるなら。理不尽に人に危害を与えるこいつらを、逆に理不尽な力によって貶めることができるのなら。それはひょっとしたら、善良な人を救うことにもなるんじゃないのか――
慌てて首を振る。どうかしてる。
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