きみと出会ってかわったこと (9)



 学校では、明里とはノートでやりとりした。

 声を出しての会話はできないので、明里が喋ったことに対して俺がノートに記入し、返事をする。それは主に授業中のことなので、先生の話を聞き逃してしまうことにはなるのだが、授業は特別真剣に受けているわけではないのでべつにいい。不真面目な生徒くらいどこにだって、この教室にだっていっぱいいる。

 しかし口を酸っぱくしてこれだけは言っておきたいのだが、俺はべつに不良でありたいわけも、先生に進んで歯向かいたいわけでも、まわりの生徒に迷惑をかけたいわけでもない。目立つつもりはないのだ。ただ沈黙をとする空気のように、ささやかにそこに存在できてさえいればいい。

 だがここでも、明里という巨大すぎる障害は俺を苛んだ。自分が物にさわれず飛びまわれるのをいいことに、ガトリングのような勢いで俺限定テロを次々ぶっ放してくる。

 たとえば、黒板の文字を熱心に書きうつしている最中に突然ノートから「アーーーーーー!!!!!!」と叫びながら顔を出してきたり、女子のスカートのなかを次々ガン見しながら「イチゴでかわいい! しましまも悪くない! 高校生でくまパンはない! 黒色エロ! ……バカな、ノーパンだと!?」とかわめいたり、教壇の上に立って軍の司令官が演説するかのように「聞け皆の者! 柘植崎優は、下劣でマニアックな変態なのだッ! なぜなら部屋に――」とかほざきはじめたり、などなど、などなど。

 その奇行のたびに、俺は椅子から転げ落ちそうになったり、あの子ノーパンなのかという驚愕のあまり膝を机の下にバゴンとぶつけてしまったり、口を封じるためにうっかり叫んでしまいそうになったりして、そのたびまわりから変質者に対するような視線を向けられることになってしまったのだ。ちくいち見える明里の、してやったりというようなニヤつきが、ペンをへし折りたくなりそうなほどに怒りを誘う。彩香にもずいぶん心配されるような目で見られた。恥ずかしくて死にたい。そのあとも、筆箱をまるごとひっくり返し、消しゴムを八回落とし、シャーペンの芯は十二回折り、突然眠気に襲われて机に頭をぶつけたりと散々だった。夜道を何度も転んだのと同じで、こうして普段ではありえないほどにドジを踏んでしまうのも死神の力によるものなんだろうか。

 もちろんこれらの行動が、退屈であるがゆえに明里が俺の反応を楽しむためにやっていることだというのは充分に理解している。だが、それがわかっていたところで人間風情の俺にふせぐ手立てなどはなかった。休み時間も休まることはなく、周囲の目と明里の眼光に細心の注意を払い、心持ちだけは戦場に身をおく兵士そのものになっていた。

 死神襲来から二十四時間たってない現時点、すでに心は廃れそうだ。死神というこいつの特性は人の心をむさぼり食うことなんじゃないだろうかと、そう思わずにはいられなかった。



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