きみと出会ってかわったこと (10)



「優、今日なんかおかしかったけどどうしたの? 何かあったんでしょ? 嫌なことあったなら私に言って……?」

「い、いや……」

 放課後の下校道で、案の定彩香に、それもかなり深刻に心配される。もはやゲッソリと憔悴していた俺は、傍からでも死にそうに見えているだろう。ひどいもんだ。寝不足でもないのに、目の下にはくまができてるような気さえした。

 明里は俺の大層無様な姿を見て満足しているらしく、徒競走で一番を取った子供のように輝かしい笑顔を浮かべている。人に嫌がらせをしてこんな純粋な顔ができるとか天才なのかこのパジャマ。だがよく見てみると、わずかに息を切らしているのがわかる。……そうか。疲れるのか、死神も。

 そんな波乱に満ちた、明里と出会ってから最初の学校が終わってからの帰路の途中。登校のときの待ち合わせ場所までたどりつき、彩香は立ち止まる。そうだ、雑談のつもりで朝に聞こうと思ってたことだ。

「今日も手伝いか?」

「うん。人手がちょっと欲しいって」

「そっか。がんばれよ」

「ありがと。……ねぇ優、ホントに何もないの?」

「大丈夫だって。心配しすぎだ」

「そう……? じゃあ、また明日」

「ああ」

 そう言って、家のある方向へと小走りで駆けていった。

 俺たちの奇妙な会話を聞いて、明里は不思議そうな目を彩香の背中に向ける。

「彩香、何かやってるの? 手伝いって」

「あぁ、家の手伝い。あいつの父親が診療所の所長で、看護の手伝いしてるんだよ」

「……看護?」

「あいつの夢、看護師なんだ」

 夢に続く道を走っている彩香の後ろ姿は、暖かな夕焼けに染まって眩しかった。そのひたむきな姿勢がどうか挫けないようにと、心の底からエールを送る。がんばってほしい。過去に負けず、立ちむかう勇気を持って得たその目標に、どうかたどりつけますようにと。

 明里が遠くなる彩香の背中を見つめながらつぶやいた。

「家族の手伝いね……。親子で支えあってるんだ」

「ああ。看護師になるって聞いて、両親ふたりとも喜んだみたいだ。あそこは仲もいいし、彩香の夢も全力で応援してくれてる。いい親だと思う」

「優のとこも、家族で仲よさそうじゃん」

「そうだな……」

 今朝、俺の体調を心配してくれた父さんや、俺の作った朝食を見て喜んでくれた母さんを思い出す。

「ただふたりとも忙しいから、朝以外に顔を合わせることは少ないんだけどな。俺は中一のときから家のことやりはじめたんだけど、それ以降は妙に『申し訳ない』とか『ありがとう』とか言われるようになったな。それまで、ふたりとも忙しいのに何にもやってなかった俺が甘えてただけだったってのに」

「いいじゃん。ふたりが優のこと大切に想ってる証拠だって。家族は、仲がいいに越したことはないんだから」

 明里の口調がどことなく、悲しげに、寂しげに聞こえた。

 含みのある言いかたに、俺はつい聞いてしまった。

「明里には、家族っているのか?」

 死神の家族って、なんか想像しづらいが……。

 そんなことを考えていたら、ドキリとした。

 明里の瞳の色はいつの間にか精彩を欠いて、灰色になっていた。そして明里は、ゴミを放り投げるときのように……うっとうしげに、どうでもよさそうに言った。

「いないよ、そんなの」


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