きみと出会ってかわったこと (7)
「……どうした優? 具合でも悪いのか?」
「え、そんなことないよ」
三人分のベーコンをフライパンで焼いていると、居間に入ってきた父さんに開口一番でそんなことを言われた。おはようより先に言われるって、どれほど顔色が悪いように見えたんだ。
「そうだ、昨日っ、夕飯作ってなくてごめん! その……バイトが忙しくて、疲れちゃっててさ……」
「そうだったのか。いや、気にするな。家のことをいつも任せててすまない。優もバイトをしてるんだから、無理はするな」
「あ、ありがとう……」
ごまかしながら、再びどんよりした気持ちになる。実は昨夜死神に追いかけられて、今もこの場所に漂ってるのが憂鬱でたまらないんだよ、なんてとてもじゃないが言えない。居なれた空間にあたりまえのようによそ者がいるなんて、居心地悪いったらありゃしない。しかもそんな思いをしているのが自分だけだというのだから、なおさら気分は沈んだ。
思えば昨日も、両親の帰りが遅くて助かった。慌ただしく帰ってくる音や部屋で騒いでいるのを聞かれたら、何事かと思われてしまうところだった。こういうとき共働きでよかったと思う。
冷蔵庫を開けて卵を取りだしながら、俺は父さんに言う。
「朝ごはんすぐにできるから、座って待ってて」
「っていうか、朝ごはん優が作ってるんだね。ひょっとして夕食もなの?」
父さんの返事ではなく、イヤなことに、もう聞き慣れてしまった少女の意外そうな声が聞こえてくる。こいつはどうやら俺以外の人間と関わりを持つつもりはないらしく、その姿も声も父さんは感じとっていないようだった。今は家族の前なので当然会話はしないが、できればこいつとは家族の前でなくとも四六時中会話はしたくなかった。
両親は共働きで、ふたりとも夜が遅く朝が早い。ふたりにばかり迷惑をかけるのが嫌で、四年前からすこしずつだが家事をできるように心がけてきた。今ではもう、家族のごはんを作るのも家の掃除をするのも俺の仕事になっていた。
塩コショウで味つけをした
テレビはすでに、父さんがつけたニュース番組が流れている。父さんの職業柄、わが家の朝はかならずニュースを見ることになっていた。キャスターの声が聞こえてくる。
『今年三月、埼玉県川越市の中学校で女子生徒が自殺した問題で、この生徒が自分の親に対し、同級生からのイジメがあったという内容の話をしていることが分かりました――』
女子生徒。自殺。イジメ。
そんな単語が耳に飛びこみ、ドキリとする。
「痛ましいな……」
「う、うん……」
父さんのつぶやきに、中身のない相槌をうつ。
いじめられて自殺だなんて胸糞の悪い話だが、そんな事件は一年のあいだで何度か見る世のなかになってしまった。
イジメや自殺に限らない。理不尽な事件はいつだって、毎日のように報道されている。子供に食事を与えずに衰弱死させた父親。泣き止まないという理由で虐待をする母親。ただの好奇心だけで見知らぬ他人をバラバラに解体した精神異常者。生徒を脅して肉体関係を強要した教師。
どれもこれも、加害者には同情の余地もない。
生きているだけですらおこがましいと、そんな感想を抱いても罰は当たらないような気がした。
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