きみが望んでいること (16)
翌日。学校が終わったあとの放課後、いつもどおりにバイトをした。
この日の忙しさは、明里が小凪にちょっかいをかけた、四ヶ月前のあの日を思い出させた。平日とは思えないほどの客入りで、厨房はひどく慌ただしかった。ただしあのときのような欠勤者はなく、そのうえ一緒に働いているなかに三年以上も勤務しているベテランの先輩がいることも安心感のひとつに繋がっていた。注文が俺の担当しているデザートのところへ集中し、先輩の指示で同僚の小凪がフォローしてくれる。ムカつくやつだが、手伝ってくれることは心強かった。
しかし、もうすこしですべてを提供し終わるというところで、小凪が手を引っかけてパフェグラスの乗ったキッチンバットを落とした。十個はあったグラスがすべて割れ、鉄のバットが落ちるのもあいまって、その騒音は客席にも充分に届いてしまうほどの凄まじいものだった。料理を運んでいた店長が飛んでくる。
すると小凪は、先輩が俺たちの見えない場所にいたことを確認すると、顔をしかめながら一瞬だけ俺を見て、
「気をつけろよな、柘植崎」
責めるようにそんな台詞だけを吐いて、そそくさとホウキとちりとりを取りに行った。
は? 何言ってるんだこいつ?
反射的にそう思ったときにはもう遅かった。そうだ。これが最初じゃなかった。
店長は俺をギロリと睨んでキッチンのなかに入ってきて、不快感を剥きだしにした目を向けながら俺に顔を近づけた。
「おまえこれでモノ割るの何度目だ? まわりを見るってことができねぇのかおまえは?」
「い、今のは俺じゃ……!」
「じゃあ誰だ? ここの担当はおまえだったよな? おまえ以外に誰が割るんだ?」
「小凪が手伝ってくれてて、あいつが手を引っかけてっ……」
「そうやって何でもかんでも人のせいにして、すいませんでしたの一言も言えねぇのか? さっさと片付けろ、ゆとり」
威圧的な視線と口調に委縮してしまい、何も言えなくなる。だけどすぐに、沸々と怒りがわいてくる。
あんたは、そうやって何でもかんでも決めつけて、人の話も聞けねぇのか? まわりを見ることができてないのはどっちだ。
そんな怒りはすぐにべつの方向へ向く。
そいつは持ってきた掃除用具を無言で俺に渡し、さっきまで俺が作っていたパフェの続きを黙々と引きついだ。自分はミスなんて何もしていないと言わんばかりに作業をこなしながら。
うんざりする。もうこんなことがあったのは何度目だろう。ここで働いて五ヶ月がたつが、これまでの四ヶ月は例外的だった。一度犯罪者を殺すと決めたときから、明里の手によって小凪がどうなろうと知ったことではないと、そう思いはじめた。それでも急にいなくなられては働くうえで困るので、俺が嫌がらせを受けたときは大きな怪我をしない程度に明里が仕返しをしていた。次第に、小凪は次はどんな無様な姿になるのだろうと、内心でほくそ笑みながら楽しんでいることさえあった。最低の考えだった。収入の有無だけでなく、そんな理由で俺はここのバイトをやめていなかったのだ。
しかし明里は今、この場にいない。それゆえにイラだちを抑えられない自身の幼稚さや、過去の下衆な自分に対しても腹立たしくなって、しかもその嫌な感情をどこにも捨てられない。ひさしぶりに感じる、心の奥からわきあがる不快な感覚だった。
割れて砕けたグラスを片付けていると、なぜか明里の顔や、華秧さやかの顔、そして俺が今まで殺してきた犯罪者の顔が次々と浮かんできた。
そして思う。
小凪は、なぜこんなやつになったのだろう。こいつだって俺と同じ高校二年生で、もう誕生日を迎えたと聞いてる。十七年の人生を送ってきたのだ。痛みも、悲しみも、何もないまますごしてきたなんてことはきっとない。良いことばかりじゃなくて、嫌なことも経験して、そんないろんなことが混ぜこぜになった末に今のこいつがいるはずなのだ。それらの一切を考えもしないで、
そんなことをしたって、何も変わらないんじゃないか。
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