きみが望んでいること (15)



「……だったら、助けていけばいいだろ」

 明里が顔をあげる。

 俺は迷わなかった。

「見知らぬ世界の人たちを。明里の大好きな人を。自分が傷つけて壊してしまった以上に助けていけばいいだろ」

 死神なんかじゃない、幽霊ならば。その力を人を殺すことではなく、人を助けるためにだって使えるはずだ。優香里さんがそうしてきたように。

 明里の罪は法律では裁けない。だったら、それ以外のことで償わなくちゃいけない。

 明里には、それができるだけの力がある。

 明里はくしゃりと泣きそうになりながら、弱々しく首を振った。

「そんな……だめだよ……。あたしはどうしようもない理由で人を殺しすぎた……。優の価値観で考えるなら、あたしは真っ先に、もう一度死ななきゃならない……。成仏なんて幸せな方法じゃなくて、絶望のなかで苦しみながら除霊されるべきなんだ……。だから優に霊媒師のことを思い出させたのに、なんでそんなこと言うの……」

 明里の口から言葉が吐き出されるたび、胸が苦しくなっていく。

 明里が今日ここへ来たとき、心が病んでいる人のように目が虚ろだった。こいつは……こんなにも苦しんで苦しんで苦しみながら、この三日間をすごしてきたんだ。自己嫌悪の鎖で締めつけられ、身体が砕けそうになりながら……五年にもわたって自分以外を憎みつづけたぶんを、今度はすべて自分に向けて。

 でも。

 明里がどれだけ死にたがっても、俺は明里を死なせないことを諦めない。

「……華秧さやか、覚えてるだろ」

 明里は、突然何を言いだすのかと訝しむように俺を見つつも、小さくコクンとうなずいた。

「あいつの母親、娘が死んだことで気が狂って、一家で心中したんだ」

 明里が目を見開く。

 あの日見たニュースの文面と、データに載っていた家族全員の写真を思い出すと、俺の胸も鎖で絞めつぶされてしまいそうだった。

「あいつはどうしようもない理由で花散先輩を自殺に追いやった。それが許せなくて、俺はあいつを殺した。だけど、あいつにも自分の死を悲しんでくれる家族がいたんだ。その人たちには何の罪もなかったのに、俺はその家族まで死に追いやっちまった。

 明里はたしかにどうしようもない理由で彩人を殺した。それでも俺は……幽霊である明里に消えてほしくないと思ったんだ」

 明里がキッと目を尖らせた。

「消えてほしくないって何さ……! なら優は! 彩香は! あたしのことが許せるっての!? あたしが生前に苦しんでたから同情してんの!? ただの腹いせで彩人くんを殺されたことを、しょうがないで済ませるわけ!? 大切な家族だったんじゃないの!? 弟だったんじゃないの!?」

 俺と彩香を睨みながら、噛みつくように怒声を浴びせかけてくる。

 俺は彩香に顔を向け、たがいにうなずき合う。それは一昨日、この部屋で話しあった。

 明里を許せるのかどうか。

 これが、俺たちの答えだ。

「あぁそうだよ。彩人は大切な家族だった。代えなんて誰にも務まらない、『世界』でたったひとりの弟だった。あいつが死んで、どれだけこの理不尽を恨んだかわからない。明里のことが憎くてたまらないとも思ったさ。だけどな……」

 俺は目をつむり、明里の両親を思い出す。あの二人は、失った明里のことを今も愛していて、片時も忘れていない。

 でも、あの二人は幸せだった。

「幸せはきっと、ひとつだけじゃない。失ったものは取りもどせなくても、新しい幸せなら見つけられる。きっとこれからも彩人のことを思い出して……つらくなって、悲しくなって、あいつが生きていたらって何度も考える。

 それでも……幸せになることは、きっとできる」

 明里と話していて、楽しかった。彩香が隣にいてくれて、心の底から救われた。

 世のなかはたしかに理不尽ばかりだ。

 だけど、希望だってある。

「明里……勝手に死のうとなんかするな。除霊なんかされるな。自分のしたことを悔いるなら、自分が殺した以上に人を救っていくんだ。人を殺したことは、人を救っちゃいけない理由になんかならない。事故から。病気から。偶然から――理不尽から。そうやって人を救って、救いつづけて、自分が殺した人の身近な人や、自分の大切な人を助けていって、最後まで守りきったなら……そのときは、成仏するなりなんなり、好きにしろよ。そう約束してくれるなら……」

 俺は伝える。

 一番伝えたいことを。


「俺たちは、明里を許す」


 明里の涙を、何度か見た。

 でもきっと、今流している涙が何よりも、明里の心を洗いながしてくれるものに違いなかった。



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