きみが望んでいること (14)



 明里はうつむいたまま、顔を上げなかった。首を縦にも横にも振らなかった。でもそれは、無言の肯定そのものだった。

「ちょっと考えてみれば、妙な脅迫だってすぐにわかった。だって三日前のあのとき、幽霊が死ぬ方法として俺に霊媒師の存在を思い出させる必要なんてなかったはずだ」

 たとえば『自分を成仏させるために協力しろ。さもなければ彩香を殺す』という脅迫ならばわかる。何にもさわれない幽霊にはできることに限界があるし、それを手伝わせるために俺を動かすという目的があるなら、それも納得できる。

「だけど明里は、彩香を死なせないために霊媒師に頼んで自分を殺させろと要求した。そんなの、自殺と同じじゃないか。霊媒師に殺されることを“生きた人間が志半ばで死ぬのと同じ”とたとえるなら、それは幽霊にとってもっとも望まないことのはずだ。

 それでもその手段をとろうとしたのは……彩香さえ人質に取れば、俺なら明里を――自分のことを殺してくれると思ったんだ。そうだろ」

 明里が自ら死に向かおうとした理由。それは――

「……だって」

 やがて、明里は耐えられなくなったようにすべてを吐きだした。

「だって、あたしがみんなを不幸にしたんだもん! 優香里さんが彩人くんの事故に居合わせたって聞いたときに、ぜんぶ気付いちゃった! あたしたち四人をつないだのは、ほかでもないあたし自身のせいなんだって!

 あたしがあのとき彩人くんを殺したりしなければ、誰も不幸にならなかったっ! あたしがあそこにいなければ、優香里さんは自分を責めて苦しむこともなかった! あたしがあそこにいなければ、優や彩香が絶望することもなかった! あたしがあそこにいなければ、彩人くんはまだ生きていられた!

 あたしの憎しみのせいで! あたしの腹いせのせいで!

 あたしはどこまでどうしようもないの!? 憎かった! 世界のすべてが憎かった! 生きている人のすべてが憎かった! この世の人間全員が不幸になればいいと思った!

 だから彩人くんを殺した! あたしと顔の似ている彩香が、幸せに生きてたのが許せなかったから!

 なのにっ。なのに。なのに。なのに……優と一緒にいるうちに、罪悪感がどんどん大きくなっていった……。優はあたしと同じに世界を憎んでくれた。でも、そうして世界を憎んで不幸を背負っているのもまた、あたしのせいなんだ……。

 ほんとうは優だって、幸せにすごせていたはずだった……。彩香と彩人くんのふたりと一緒に……。それを奪ったのはあたし……。みんなを不幸にしたのはあたし……。

 あたしは……優と彩香にだけは許されちゃいけないんだ……。

 だから優に殺してほしかった……。優を間違った道に踏みこませたのもあたしだから……。彩香と優香里さんがいるなら、次にあたしみたいな幽霊が現れても、きっともう人殺しなんてしない。世界を憎まずにいられると思ったから……」

 長い告白を終え、明里は涙の混じった不安定な呼吸で鼻をスンと鳴らしながら、最後に弱音を漏らした。

「でも……ぜんぶ見抜かれちゃった……。優があたしを殺してくれないっていうなら……あたしは、どうすればいいの……」

 どうすればいいの。

 人を殺しつづけ、どうしようもなくなるくらいに世界を憎みつづけた。そして良心の呵責に押しつぶされそうになって死を選ぼうとして、それにも失敗した。そんな行き場を失くした感情を、どこに持っていけばいいのか。

 俺が伝えられることは、これくらいしかない。


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