きみが望んでいること (13)



 明里がほんとうは両親を憎んでなんかいなかったという想像をしたとき、二人が離婚や別居なんかしていたら。ただ同じ屋根の下にいるだけの他人同士だったら、もうそれだけで絶望的だと思った。

 話をしているとき、二人はずっと痛みをこらえるようなつらい顔をしていた。

 あのときは最初――いや、前日から電話をしていた時点からだ――自分たちの争いに明里を巻きこんだことを俺たちが責めているように二人には感じられたはずだ。考えてみれば、俺がそんな質問をして穏やかに受け答えなんてできるわけもなかったのだ。

 あの二人について知りたいことが、ふたつあった。

 それは、二人が明里を殴ったことを今も反省しているのかどうか。そしてそのうえで、二人が幸せに暮らしているのかどうか。

 結果として……二人は明里を殴ったことを今も反省していたし、そのうえで二人は幸せだった。

 これは同時に、明里が二人に対していちばん望んでいることではないか。俺はそう思った。

 彩香が看護師を目指すために家の手伝いをしていることを俺が話したとき、


 ――家族の手伝いね……。親子で支えあってるんだ。


 彩香の背中を見つめながらそうつぶやき、俺の家族のことを聞いたあとにも、明里は悲しげに、寂しげにこう口にした。


 ――家族は、仲がいいに越したことはないんだから。


 壊れてしまった自分の家族を思い出して、切なくならずにはいられなかったのだ。

 二人が幸せだったことは、本当に偶然だった。偶然にも、明里がもっとも望む形で二人が暮らしていた。それは俺たちが何をするでもなく成されていた奇跡であり、第三者から見ればご都合主義と呼べるくらいに、出来すぎていたこと。

 でも、いいじゃないか。

 これだけ理不尽に見舞われた女の子に、それくらいの救いがあったって。

「あの二人は、明里のことを絶対に忘れないようにしながら、それでも幸せになると決めた。そして今……明里の妹にあたる新しい子供と一緒に、希望を持って生きていこうとしている」

 明里が愛した家族は、幸せだった。

「……そっか」

 そして今、両親ふたりの現状を聞いた明里は……最悪の状況を想定していた緊張の糸が切れ、おしよせる感情が止められないように、

「そっか……っ」

 鼻を赤くして、ぼろぼろとこぼれる涙を両手で隠しながら泣いた。

 明里が両親を憎む気持ちは本物だったろう。ケンカに巻きこまれて入院し、そのせいで病気の手術をすることができなくなったことは事実だ。それによって二人を恨む気持ちもあっただろう。

 だけど明里は、それ以上に悲しかったんだ。

 大好きだった両親の仲が壊れてしまったことが。自分を殴ったあと、罪悪感に苛まれて二人がずっと絶望しながら生きているんじゃないか。二人の仲はもう永遠に直らないんじゃないか。それどころか離ればなれになっているんじゃないか。もしくは……さらなる争いのはてに、どちらかがどちらかを殺してしまったんじゃないか。

 そんなおそろしさに頭が支配されて、死後に二人のところへ行くことができなかったんだ。もしくは引っ越し後に自分の家を訪れて、誰もいなくなったかつての自宅にさらに絶望していたのかもしれない。

 両親を好きだったこと。他人を好きだったこと。

 やっぱりそうだ。明里は生前に好きだったことを何ひとつ忘れていない。

「明里」

 だから……泣いている明里が落ちついてから、俺は最後の問いかけをした。これを訊くことは、とても胸を絞めつけられた。

「おまえ、死にたかったんだろ」


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