きみが望んでいること (7)
明里の両親。
今の明里にとって、二人はどういう存在なのか。明里は二人の争いに巻きこまれて頭に怪我をし、病院へと運ばれた。そしてその怪我のせいで明里は病気の手術をすることができず、生きる見込みがなくなってしまった。二人に殺されたようなものだと、そう言っていた。
明里を説得できるかもしれないと考えてからすぐ、俺は優香里さんに尋ねた。
「明里ちゃんのご両親……?」
「はい。二人が今どうしているのかを知りたいんです。どんな生活をしているのか。どんな毎日を送っているのか。優香里さんは知ってますか?」
「すこしなら……。私は自分が死んでから、自分の身近な人たちを守りたくてこの周辺ばかりですごしていたから……。明里ちゃんのご両親のことは、死後も気になっていたしね。……でも、どうしてそんなことを?」
俺が理由を説明すると、優香里さんの顔が徐々に明るくなっていくのが見てとれた。
しかし、その笑顔に変化が起きた。スッと真顔になり、そして……目を左へ右へと落としながら、思案に耽るように長いあいだ沈黙してから、
「……それなら、直接会ってみたほうがいいかも」
俺の目を見ずに、おずおずと口にした。
まとわりつく空気が重たくなるのを肌が感じて、不安が身体の奥から顔を覗かせる。
「どういうことですか……?」
「言葉で伝えるのが難しい、としか……。優くん自身がその目で見るのが、一番わかりやすいと思うの。でも、明里ちゃんへの説得の材料になりえることは保証するわ」
最後の一部分だけは、俺の目をしっかりと見ながら言った。
でも俺は、焦りを抑えられなかった。
「ま、待ってください。何で説得の材料になりえるかもしれないのに、そんな顔をしてるんですか。ちゃんと訳を説明してもらわないと納得できませんよ」
「できないわ。私が百伝えても、優くんには十も伝わらないと思う。この三日間でほかにやるべきことがあるというなら強制はしない。けど、それでも私は明里ちゃんのご両親については、優くんが直接その目で見るべきだと考えてる」
優香里さんはなぜか冷たさを感じるほどに、頑として譲ろうとしなかった。
この三日間でほかに優先するべきことなんてなかった。だから、
「……わかりました」
俺はしぶしぶ優香里さんの提案を飲むことにした。
明里の両親は、明里の死後に引っ越しをしていた。父親の会社が倒産し、同じ家に住みつづけることがむずかしくなったからだ。
優香里さんは幽霊になってからも二人のことを気にかけていて、引っ越したあとの家の場所も知っていた。明里が生前の優香里さんにとって大きな存在であったのと同じで、よく病院にきていた明里の両親もまた、優香里さんにとっては印象に残る人たちだったからだ。娘の見舞いにくる二人とはよく話をし、そこから感じるものもあった。
「ケンカに巻きこんで娘にケガをさせたなんて聞いて、私も最初は良い印象なんて持ってなかった。でも……二人は心の底から反省していた。生活に苦しんで、日ごとに追いつめられていくストレスを家以外に出せなかったのも事実。それは醜い争いだったかもしれないけど、根っからの悪い人たちではなかったのよ」
どうしようもなく苦しんでいた二人を憂いながら、優香里さんは切なそうに語った。
直接会う前に電話でアポイントメントを取るべく、茅野家に電話をすることにした。
「……もうしたくはなかったんだけどな」
明里の両親の下の名前がわかり、優香里さんに今の家の住所を見てきてもらえば、またぞろハッキングで電話番号を知ることができた。
スマートフォンに耳を当て、緊張しながら向こうの声を待つ。
明里を知るため。そして明里が望んでいることをたしかめるため。
そのための行動の、第一歩だ。
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