きみが望んでいること (8)
翌日の日曜日。
俺は彩香と優香里さんとともに今の茅野家へと訪れた。電車で二駅行って十分ほど歩いた場所にあるそこは、二階建て計八つの部屋が並ぶ簡素なアパートだった。
インターフォンを鳴らすと父親に応対され、家のなかに上げてもらった。
ご両親お二人にお会いしたいと話した昨日の電話のとおりに、父親と母親がそろって待っていた。父親は日々を過ごすことに疲れているかのようにまぶたが重たそうで、無精ひげが目立っていた。母親は目尻のシワが目立ち、頬もこけていた。どちらも歳はもう五十近く見える。明里の友人と聞いたからか二人は暗い顔をしていたが、はじめて見る彩香の顔を見て一瞬息を止めたのがわかった。
明里に似ているからだろう。俺たちはそれを気にしないように二人に挨拶をした。
居間に案内されてソファに座ると、おずおずとお茶を出された。
明里の友人である自分も明里が死んでからずっと心の整理がつかず、ふと昔の写真を見返したとき、入院中の明里と話した『とあること』を思い出した。それについてご両親ふたりに話を訊きたい。昨日の電話ではそう伝えた。
明里が死んでから、五年がたつらしい。
正面に座っている二人は暗い顔でうつむき、母親はどこか一点を見つめることをおそれるように、そわそわと視線を落ちつきなく動かしていた。それにくらべると父親は落ちついてはいたが、それでも顔はこわばっていた。
彩香は緊張した様子で姿勢よく座り、優香里さんは俺たちの横で浮いている。
俺は前置きなども一切なしに、単刀直入に切りだした。
「明里は、おふたりの争いに巻きこまれたと言っていました」
二人が息を飲んだのがわかった。俺が電話で話した『とあること』の内容については、予想がついていたのだろう。
自分は両親によって殺されたようなものだと、明里が言っていたこと。
覚悟はしていたとしても、たりなかったのかもしれない。殴った当人であるらしい母親は恐怖に顔を歪め、うつむいて頭を抱えた。
「ほんとうに、最低なことをしました……」
ひどく怯えたように、そう漏らした。
「あの子が死んだのは私のせいです……。人間としても……そして何より、母親として最低でした……。どんなことがあったとしても、怒りと勢いにまかせて娘を殴るなんて、あってはならないことでした……」
泣いている母親の肩を抱きながら、父親が引き継いだ。
「私たちは自分のことばかりで、あの子のことをちっとも見ていなかった……。一番つらかったのはあの子のはずだったのに……。私たちこそが、しっかりしなければいけなかったのに……」
そう言って父親も、右手で顔を覆って涙を流した。
「…………」
きっとこの人たちは、ほんとうに後悔している。自分たちのことばかりで明里のことを考えてやれず、あげくに死なせてしまったことを。それはもう、実際にこうして苦しんでいる様子から痛いほどに理解できる。
この二人について知りたいことが、ふたつあった。
ひとつは、明里を殴ったことを五年前だけではなく、今現在も反省しているのかどうか。 そしてあともうひとつ。でもきっと、これはもう絶望的だ。
二人がただ反省と後悔をしているだけでは、明里はきっと失望する。二人のことを知りたくて、優香里さんの言うとおりにこうして会いにきたが……。
「大丈夫よ」
優香里さんが不意に言った。その声は、沈んでいた俺の気持ちとは正反対にとても優しかった。
「当初の目的どおりに、ちゃんと二人に質問をして」
ささやきかけるように、そんなことを言った。
俺は、優香里さんがどうしてそんなにも安心していられるのかがわからなかった。
隣にいる彩香も不安げな顔をしていたが、優香里さんの言葉を聞くと俺の服の袖をくいと引っぱった。
信じよう。
目でそう言われた。
俺はまだ不安がぬぐえなかった。
「あの……こんなときに訊くのも変なんですけど、正直に答えてほしいことがあるんです」
それでも俺は、意を決して訊ねた。
「あなたたち二人は――」
その質問をしようとしたとき――カチャリと音がし、居間のドアがゆっくりと開いた。
思わずドアの向こうに目をやり、俺と彩香の息が止まった。
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