きみが望んでいること (9)



「話ってなに?」

 茅野家からの帰りに、俺は彩香を自分の家に招いた。優香里さんをのぞいて、ほかの人には聞かれたくない話をしたかったから。今日は日曜日だったが、父さんはいま警察官として担当している事件から手が離せないとのことで昨日から帰っておらず、母さんは父さんの仕事場へ着替えと弁当を持っていくため家を出ていた。

 俺は彩香を自分の部屋へと連れていき、もてなしも前置きもせずに話をはじめた。

「ダメだ……って、彩香は言ってたよな」

「え?」

「霊媒師に頼って明里を殺すなんてダメだって。生前でつらい目にあってたのに、このまま明里を除霊なんかしたら救われなさすぎるって、彩香はそう言ったよな」

「う、うん。言ったけど、それがどうかしたの?」

「それってつまり、彩香は明里を許せるってことか?」

 そう訊くと、彩香は身を固くした。

 優香里さんも口を挟めないようだった。当時その場にいたとはいえ、彩人を殺されたことに関しては完全に俺たちだけの問題だ。

 彩香は視線を沈ませながら、きっと彩人のことを思い出しているのだろう。そして、その家族を奪った明里に対しての感情は、自分ですらも掴みかねているようだった。そうして、ゆるく首を横に振った。

「許せるのか……っていうと、ちょっとわからない」

「……そうだよな。俺だってそうだ」

「でも、このまま除霊しちゃうのだけはダメだって……それもほんとうの気持ちなの」

「ああ。わかってる」

 許せるのか。

 そう聞かれると、俺だってわからない。

 明里は何も、彩人に強い恨みがあったわけじゃない。自分に似ている彩香が幸せそうにしていたのが許せなかった。だから一緒にいて、ちょうどよく横断歩道に飛びだした彩人を殺した。

 言ってしまえば、ただの腹いせなのだ。

 そんな、ただの腹いせで大切な家族を奪った明里のことを、俺たちは許せるのか。

 殺したくないと思っていても、じゃあそれだけで野放しにできるのか。

 俺たちの明里に対する感情に白黒をつけること。

 それは明里を説得するにあたって、非常に重要なことだった。

「逆に、聞いていい? 気になることがあって」

 彩香は……すこしだけ責めるような視線で俺を見た。

「……何だ?」

「優は明里ちゃんを説得したあと、どうやって生きていくつもりなの? 多くの人を殺したという点では、優は明里ちゃんと同じ。自分の罪に対して、どうやって向き合おうって思ってるの?」

 不意打ちだった。

 今思えば……それは俺の犯したことが『罪』であると認めた瞬間から――「俺が悪かった」と認めたあの瞬間から、考えなければならないことだったのだ。

「それは……」

「自殺するなんて言ったら、引っぱたくから」

 俺は固唾を飲みこみながら、首を横に振る。もしほんとうにそんなことを言ってしまったら、きっと二秒後には鋭い平手打ちが飛んでくるに違いない。

「……言わねぇよ。そんなことしたって、何の解決にもならないからな」

「……そう。わかってるなら、よかった。優が死んだら悲しむ人もいるし、優ひとりの命で償うなんてこともできないんだし、それに……」

 彩香はその言葉に、特別な意味を込めたつもりはないかもしれない――

「優の罪は法律でも裁けないんだから、それ以外のことで償っていかなくちゃ」

 ――でも俺は、それを聞いて、頭のなかの霧がわずかに晴れたような気がした。

「……そっか」

「え?」

「……ありがとうな、彩香。俺、どうすればいいのか、わかった気がする」

「え? え? どういうこと?」

「優くん……?」

 混乱する彩香と優香里さんを横目に、頭のなかを整理する。

 明里を許せるのかどうか。

 そして、俺が今後、どうやって生きていけばいいのか。

 先のことが、見えた気がする。

「だったら、こうしないか?」


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