きみが望んでいること (10)
この三日間、いろいろなことを考えた。
彩香のこと。彩人のこと。二人とすごした幸せだった日々のこと。四年前のあの事故のこと。それから灰色になってしまった『世界』のこと。優香里さんのこと。
そして、明里と出会ってからのこと……茅野明里本人のことを。
明里はどんな女の子だったのだろう。明里は自分のことについて打ち明けないまま、俺を騙しながら、この四ヶ月間、俺と一緒にいた。
だから俺は、明里のことを何も知らない。そんなつもりでいた。
でも違う。明里がどんな人間だったのか。四ヶ月も毎日側にいた俺が何も知らないはずはないのだ。それを考えてこなかっただけで。
明里がどんな性格で、どんな考えを持って俺と接していたのか。俺に対して言った言葉にどんな意味が込められていたのか。
明里の言葉。明里の口調。明里のしぐさ。
そんなひとつひとつのすべてに、茅野明里という女の子が表されていた。
そしてそれは、明里が死神などではなく幽霊であり、ひとりの人間であることが明らかになった今なら、想像することができる。
「なぁんだ、ここにそのままいたんだ」
三日がたち、俺の部屋に、俺の目のまえに、明里がいる。
目だけは心が病んでいる人のように虚ろだったが、口元は最後に会ったときと同じで残酷に歪んでいた。
「書置きでも残してくれれば、あたしからちゃんと霊媒師さんのとこに行ってあげたのに。これから案内してくれるの? それとも出張でもしてきてもらっ……」
言いながら部屋を見渡して、明里はようやくおかしなことに気付いたようだ。部屋の隅で彩香と優香里さんが、恐怖や怒りや悲しみといった感情を一切感じさせない強い面持ちで自分を見つめているということに。
「明里」
俺は明里の目を見て、はっきりと言った。
「俺はおまえを、殺さない」
明里は露骨に顔をしかめた。自分の思いどおりにならないがゆえに憤るその様子は、まるで子どもだ。
「……は? 何言ってんの? 彩香が死んでもいいの?」
「俺は明里を止めるつもりでここにいるんだ。彩香も優香里さんも同じ気持ちだ。明里が抱いてる世界への憎しみをなくすために」
質問に答えない俺の態度と反応に、明里は殺意が湧いたように目を血走らせた。
「ずいぶん簡単に言ってくれるね。生前のこと話したのに、あたしがすべてを憎んでる理由がわかんなかったってこと? それともあたしの憎しみが軽いものだとか思ってるわけ?」
わなわなと身体を震わせ、
「五年」
と、明里は呪うようにつぶやいた。
「あたしが死んでから五年がたつんだよ。あたしはそのあいだずっと世界を憎みつづけてきた。憎んで憎んで憎んで憎んで憎みつづけて、目にうつる何もかもが憎たらしくなった。お父さんの会社がつぶれてから家のなかがおかしくなりはじめて、あたしは知らないあいだに病気になんかなってて、ケンカに巻きこまれて死ぬしかなくなった。まだやりたいことだっていっぱいあった。友達とだっていっぱい遊びたかった。高校で文化祭もやってみたかった。幸せな恋だってしてみたかった。
それが、何にもできないまま理不尽に奪われたんだよッ! あたしの同い年の子はみんなあたりまえに進学して、あたりまえに学校生活をおくって、あたりまえに恋をしてる! 何であたしだけがこんな目にあわなきゃいけなかったの!? あたしとみんなで何が違ったの!? あたしがそんなに罪深いことをしたの!?
そんなことしてないッ!! 理不尽に人生を奪われるようなことなんてしてない! 憎い憎い憎い! 理不尽が憎い! 世界が憎い! 生きている人のすべてが憎い! この世に存在するありとあらゆるものが、憎たらしくてたまらないんだよぉぉぉぉ!!!!」
暴力的な怒号が空気を震わせる。
それはまさに、飽くなき憎悪の言葉だった。魂に取りついて離れない悪夢のような呪い。胸の内を支配する圧倒的な感情。それは長寿の樹の根っこのように、びっしりと心のなかに太い根を張っていて、明里の心を動かすのが容易でないことを怖いほどに感じさせた。
それでも。
ぜいぜいと息を切らせる明里にたいして、俺は恐怖を抑えこみ、静かに言った。
「なら、何で俺と関わったんだよ」
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