きみが望んでいること (11)



 その言葉に、明里はハッと顔をあげて俺を見た。それは、今の言葉がわずかにでも心の奥に触れた証拠だと思いたかった。

「何でって……」

「俺だけじゃない。人を殺す手伝いと称して、明里はいろんな人と関わってきたんだろ? それは何でだ? 明里は理不尽を憎んで、同じように理不尽を憎んでいる人に自分を重ねたんじゃないのか? 生きているすべての人をいまいま々しいって思いながら、心の底では人と関わることを望んでたんじゃないのか? そうして人と接するのが、楽しかったからじゃないのか? 自分と同じ考えを持ってる誰かと話せて、嬉しかったんじゃないのか?」

「それはっ……!」

 明里は俺に近づいた理由として言っていた。


 ――優が理不尽を憎んでいたからだよ。だからまあ、理不尽を憎んでる人間でさえあれば誰でもよかったんだよ。そういう人の手助けをしようって思ってただけ。あたしはそうやって世界をまわってすごしてきた。


 それに俺に力を使わせたがる理由として、こうも言っていた。


 ――そのへんをうろうろ飛んでて優を見つけて、それで優が理不尽に……何かに対してイラだってるのがなんとなくわかったから、それを手助けできればなって思っただけ。それに、人と接するのは……………………、


 そうして言葉をつまらせてから、最後に、ぼそりとつぶやいた。


 ――……なんでもない。


 あのときすでに……いや、ひょっとしたらずっと前から。

 明里は、自分のなかに存在する矛盾に気付いていたんじゃないのか。生前に人と接することが楽しかった自分が、人を憎んでいるはずの死後も同じであったことに。

 明里は生前の経験から、理不尽を憎んでいた。どうして自分だけが不幸な目に遭わなければならないのかと嘆いていた。

 だけど明里は、幽霊としてさまざまな場所を巡っていくうちに感じたはずだ。

 自分と同じように、理不尽を憎んでいる人がいること。理不尽な目に遭っているのは、自分だけじゃないこと。それは幽霊となり孤独だった明里にとって、嬉しいことだったに違いないんだ。

 だから明里は、ふざけて、おどけて、からかって。

 きっと生前にそうしていたように、俺やほかの人と接していた。

 他人と接することが楽しいと、そう感じていたはずなんだ。

「…………」

 そしてそれは、俺もだった。

 明里が来てから俺が力を使うまでの一週間。登下校の嫌がらせ。授業中のイタズラ。昼休みの屋上のやりとり。うんざりしていて、こんなやつ早くいなくなっちまえと思っていたけれど……今思えば、あれは平和な時間だった。退屈な生活をぶち壊し、心に起伏を与えてくれた。まるで友達とバカをやるような――子供のときのような――純粋な楽しさがあった。

 人間関係ってものに。人と接することに心底うんざりしていたのに。

 道を踏みはずしてはしまったけど、そうして明里と話すことが……明里と接することが、楽しかったんだ。


 ――優、最近なんか明るくなったよね。


 彩香がそう言っていたのを思い出す。突如目のまえに現れたときからしつこいくらいに接してくれたからこそ、すこしだけ子供のときのような気持ちを取りもどせたのかもしれない。俺自身は気付いていなかったけど、そんなわずかな心の変化も彩香にはわかっていたのかもしれない。

 彩香とはずっと一緒だったけど……彩人が死んでから、同じ事件で傷ついた当事者同士の埋められない心の距離があって。

 だけど、明里の遠慮のない明るさは俺の心を救ってくれた。ひさしぶりに人との会話が掛け値なしに楽しいって、そう思えたんだ。

 俺は続けて明里に問いかけた。

「それから、ケンカに巻きこんだっていう両親だ」

「! あ、あの二人がなに……」

「明里は、何で二人のことを殺さなかったんだ」

「――っ!」

 そう。幽霊になって人を殺せる力を得た明里なら、二人を殺すことなんて造作もなかったはずだ。あれほど二人のせいで自分が死んだと恨むように言っていたのに、明里は二人の命を奪わなかった。今も、生きている。

「そ、それはっ、もう顔を見ることさえイヤだったからだよ! あんなヤツらの顔なんて、二度と見たくなんかなかったから!」

「違う。明里はほんとうは、二人のことが大好きだったんだろ。生きていたときは仲が良くて、子供として大好きだった二人が争うようになったことが悲しかったんだろ。だって、明里は言ってたじゃないかよ」


 ――今まで仲良くしてたのに、それをブチ壊すように罵りあったりしないでよっ! 娘のあたしの前で憎みあったりなんかしないでよッ!


 過去を語る明里にこめられた、剥きだしの正直な怒り。

「明里は怖かったんだ。大好きだった両親の仲が壊れてるんじゃないかって。それを見るのが怖くて会いに行けなかったんだろ。あの二人が今どうしてるのか、明里は知らないんじゃないのか」

「し、知らないよッ! どうせケンカでもして離婚しちゃったんじゃないの!? どっちかがどっちかを……こ、殺しちゃったんじゃないの!?」

「……知りたいか?」

「っ! い、いいよ! どうでもいいよ! あの二人がどうなったかなんて!」

「あの二人はな」

「どうでもいいってばッ!」

「あの二人は、幸せに暮らしてる」

 明里は聞き取れなかったのか……もう一度その言葉を聞きたそうに、俺を見た。

 だから俺はもう一度、一言ひとことはっきり言った。

「あの二人は、幸せに暮らしてる」



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