きみと出会って変わったこと (3)



 回想終了。どういうことかというと、彼女の自己紹介にもなっていない自己紹介を聞いた刹那に、俺はピンポンダッシュをする子供のように逃げだしてきたのだ。小さいころに一度やったことがあったが、ありゃあハラハラした。でも今のハラハラ具合は、子供のころとは比べ物にならない。なにせ追ってくるのは人間ではなく死神ときたもんだ。

 そう。あの浮遊少女は今、追ってきている。というよりもう追いつかれていた。

「ちょっと、いきなり逃げるなんてヒドくない!?」

「あぁ!?」

 全力疾走していたはずなのに、ものの数秒で横に並ばれていた。まるでそれがあたりまえであるかのように飛行している。

 ウソだろ、早すぎだって。

 でも俺は足を止められない。足を止めたら最後、こいつと正面から向き合わなきゃいけなくなる。そんなのゴメンだ、こんなあやしいヤツに付き合ってられるか!

 けれど横にいる『何か』は、俺を解放してくれない。

「おーい! この一般人止まりなさいっ! 耳栓してないのはわかってるんだよ! 耳が聞こえないとかでもないんでしょ!」

 違反車を追う警官みたいな言いかたをしているが、むしろ警官にこいつを何とかしてもらいたいくらいだ。何でこんなことになってるんだろう。

 あぁそうか。きっとゴミ箱を蹴っとばしたのがいけないんだ。ゴミ箱に罪はないのに、自分の鬱憤を晴らすためだけに蹴っとばしてしまったのがいけないんだ。ゴミ箱ごめん。中で悲惨な目にあったペットボトルやアルミ缶たちごめん。謝るから横にいる魔の手を消し去ってくれ。

 しかしいくら心の中で謝罪しても、横を飛んでいるヘンなのは消えてくれない。理不尽だ。謝って許されないなら、俺たち人間はどうすればいいっていうんだ。

「話きいてってば! あなたが何かに対してイラついてるみたいだったから、ちょっと八つ当たりか仕返しをしてやらないかーって言っただけだって! あたしは死神で、それを叶えられるだけの力があるから! ほら、こうして浮いてるのも死神だからなわけでっ。とにかく怪しいものじゃないんだって! あなたに声かけたのはぶっちゃけて言っちゃうと深い意味なんかなくて、ちょっとおどろかしてやろうかなーとかそんな程度だったんだけどっ!」

 キテレツ少女が何か言ってる気がするが、今は走るので頭がいっぱいなんだ、黙っててくれないだろうか。それに間もなく家につく。そうすればもうおさらばだ!

「うわっ!?」

 急に足がすべって、派手にすっころんだ。右の膝とひじがすり切れて痛い。くそっ。このスニーカーも長いこと使って底がすり減ってるんだ。夕方降った雨で地面が湿ってるせいか、今はやたら足元が不安定だ。さっきすべったのも濡れたマンホールのせいだった。

「痛って……」

「ねえってば!」

 上から声が聞こえてハッとし、またすぐに走りだした。ダメだ。こいつと関わらないためにも、足を止めちゃいけない。

「っっ。もう! じっとしててってば!」

「いっ!?」

 今度は足がもつれて、逆の膝とひじを地面に打った。自分の運動神経の悪さに腹が立つ。俺ってこんなに鈍くさかったのか?

「さあ、そろそろ観念して、」

 聞こえてきた声は無視して、また走り出す。

「あぁ、もうっ。まだ諦めないのっ?」

 そのあとも、まがり角で人とぶつかるのを避けて派手に尻もちをついたり、何度も足がすべったり、もつれそうになったりして、汗がふき出て身体が熱い。ちくしょう、まわりが見えてなさすぎだ、俺。

 しかもどうしてかは知らないが、そのたびに横のへんちくりん少女が「さっさと諦める!」とか「いい加減観念しなさい!」とかわめいていてうっとうしいったらない。

 身体中が痛かったが、とにかく全力疾走していたおかげもあり、家へはそう時間をかけずにたどりつけた。奇怪少女の不意を一瞬でも突けるように、一度家の玄関の前を素通りし、近くにある電柱を使って速度を落とさずにUターンする。「え、ちょっ!」という意表を突けた声が聞こえたので、心のなかでガッツポーズ。そのまま家のドアまで猛ダッシュ。ポケットから出した鍵を突進するように差しこみ、開けて、なかに入り、扉を閉めて、鍵をかける。この間、二秒はかけなかった。

「……っ」

 ドアに張りついたまま、緊張で息が止まってしまう。しかし走っていたせいですぐに身体が酸欠を起こしそうになり、口から荒い息がもれた。そしてまた吸う。

 あたりを見回す。怪奇少女の姿は家のなかにはなく、完全に外へ置き去りにできたようだ。しかし玄関にいると、あの不可思議少女の声がいまだ聞こえてきそうで、俺は焦るように自分の部屋へと飛びこんで、ベッドに仰向けに倒れこんだ。バフッと沈む感触が心地よくて安心できる。


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