三章 きみがいなくなること

きみがいなくなること (1)


 人を殺した。さまざまな人を殺した。

 放火魔を。強姦魔を。詐欺師を。ヤク中を。暴力団員を。精神異常者を。快楽殺人犯を。

 事故に見せかけ。病気に見せかけ。偶然に見せかけ。

 思考を操り、手元、足元、運転している乗り物を狂わせて殺した。

 テレビやネットのニュースで、見覚えのある名前の死亡記事が載ると、汚いモノが間引かれたように心がスッとして、口元がいびつに緩みそうになった。

 直接会ったこともなく、知らない場所にいる人間たちを殺すことに最初は手間取ることも多かったが、最近では手慣れてもきた。載っているデータで性格を頭に入れ、どんな性格でどんな環境にいるのかがわかれば、そのシチュエーションがにおいさえ感じられるほどに綿密に想像できた。

 たとえ指示通りに事が運ばなくても、明里の機転で成功したこともあり、その点は感謝するばかりだ。

 とくに最初のほうは、まだ慣れていないこともあり想定が足りず明里に余計な負担を強いることが多かった。それに、ターゲットが釈放後に住居や職場を変えてしまった場合などはさすがに追うことができず歯噛みするばかりだ。しかし、それを除けば殺人はおおむね順調に進んでいた。

 はじめて人を殺したあの日から二ヶ月がたち、夏休みが迫っていた。

 あのときのことは、今でもはっきりと思い出せる。おびただしい血を流しながら棚の下敷きになっているひとりの女生徒。明里がここから離れるたびにあれと同じものが、自分が生きているこの現実のどこかで転がっていくのだ。そう思うと、最初は気分が悪くなることもあった。

 だが、今ではもう何も感じない。この人殺しもすっかり習慣と化し、生活の一部となっていた。家に帰ってはパソコンの画面と向かい、黙々と作業をする機械のようにクズどもの選別と殺害の想定をおこなった。これは自分のなすべきことだと思っているし、つまりやめてはいけないことだとも思っている。これをやめてしまえば、本来救われていいはずの人が救われず、本来死ぬべきようなやつが忌々しく生きのびてしまうことになる。そんなことはあってはならない。

 これは、人を救う行為なのだ。



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