きみが笑ってくれたから (2)


 学校。それは、絶えず陰湿な犯罪が行われている場所のひとつだと言ってもいい。多くの人が目をつぶり、そむけて、その事実を直視しようとはしない。当事者にならないようにと用心深く、息をひそめて傍観し、そして一部の人だけが犠牲者と加害者になる。身体の暴力を受け、言葉の暴力を受け、物を壊され、金を奪われ、度重なる執拗な行いに心をズタズタにされる。どこの学校にだって存在する、そして一度ハマってしまえば多くの者が抜け出せなくなるであろう理不尽。

 イジメ。

 つまり犯罪者殺しとしての最初のターゲット。

 それは、学校の生徒だ。



 半年前。俺がまだ一年生のときで、二学期の終わりを目前にした十二月の中頃に、ある事件が起きた。当時二年生だった生徒のひとりが自殺未遂をしたのだ。自宅で手首を切って。母親が早くに発見し救急車を呼んだことで死には至らず、今もその生徒は病院で療養している。

 名前は、花散はなちるともか。

 なぜ彼女が自殺をするに至ったのか。その原因について学校側が公言することはなかったが、彼女について、ある黒い噂が校内ではびこっていた。

『花散ともかは援助交際をしていた』と。

 そのことが学校で知られてしまい居場所がなくなったから。あるいは“相手”と何かトラブルがあったから。そうした理由から精神が追いつめられてしまい、彼女は自ら死に向かったのではないか。生徒のあいだではそんな噂がもっともらしい真実として広まっていた。

 しかし、一方で違う意見もあった。それが、彼女がイジメを受けていたというものである。一度、花散ともかとクラスの違う女生徒のひとりが、彼女がイジメによって自殺をしたのだと訴え、一時問題になったことで、そんな噂がわずかながら広まった。

 だが、彼女がいじめられているところを誰も見たことがなく、それ以上に信憑性の高い理由があることから噂は小さなものに留まり、それ以上大きくなることはなかった。

 だからそうしてささやかれつつも結局真相は闇に葬り去られ、はっきりとした解が示されないまま三学期までもが終わり、花散ともかのことは次第に忘れられていったのだ。

 だが、花散ともかは援助交際なんかしていない。そして彼女をイジメによって自殺に追いやった人間が確実に存在する。俺はそう信じて疑っていなかった。

 なぜなら、花散ともかという彼女のことと、彼女がいじめられていたと訴えた女生徒のことを俺は知っていたからだ。

 花散ともかは俺の一年先輩で、だけど小動物のように落ちつきがなくて、頼りなくて、正直年上には見えなかった。真面目で、意見をはっきりと言えるタイプではなくて、それでも何かを言うときには、どうすれば自分の言葉を的確に伝えられるのかをいつも一生懸命に考えているように見えた。ともすれば気弱にも見えそうなあの人が、援助交際をするなんてとても思えない。

 そして、彼女がいじめられていたと訴えた女生徒のこと。彼女は花散ともかの親友で、クールな性格の美人だ。選ぶ言葉は冷たく感じることもあったが、物事を冷静に捉えられる人だった。気にいらない誰かを貶めるためだけに嘘を言ったり、確証のないことを感情にまかせて訴えるなんてことは考えられなかった。名前は、冬見ふゆみしずく

 このふたりは、俺が以前バイトしていた場所の先輩だった。


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