きみが笑ってくれたから (6)
放課後の下校道。そういえばと思って、隣を歩いている彩香に聞いてみた。半年前に自殺未遂で入院した花散先輩。あの人はたしか、この近くの病院に運ばれたはずなのだ。あの人が今どうしていて、どんな状態にあるのか。家の手伝いレベルとはいえ、診療所に務めている彩香なら父親などから聞いているんじゃないかと思った。ところが。
「え? 花散ともか先輩、だよね? あの人なら、もう転院しちゃったんじゃなかったかな……」
「転院?」
「うん……。ずっと意識も戻らなくって、身体の傷の痕も残っちゃったそうだけど、なんとか一命は取りとめたみたいで……。だけど、それでも心のほうがちょっと……。それで、もっと専門的な医療が受けられる場所に移ることになって……」
「……そっか」
さすがに、花散先輩本人に会って何かを話そうと思ったわけじゃない。そもそも様子を聞くに、面会ができるのか、まともに話ができる状態なのかどうかさえ定かじゃない。ただ、あの人が今どうしているのかが単純に気になっただけだ。
そしてわかったのは、今もその身に、その心に、大きな傷が残っているということだけ。
より鬱蒼とした気分になっていると、彩香が気がかりそうに聞いてきた。
「……ねぇ、どうして急に花散先輩のこと訊くの? 優、花散先輩と何か関わりあったっけ?」
「あれ、前のバイト先の先輩だって言ってなかったか?」
「え! 聞いてないよ!」
彩香は今更になって知った事実にかなりおどろいたようだった。それから俺と花散先輩につながりがあったことを知ったことで、すこし気まずそうな顔をした。
「そう、だったんだ……。でも、なんで急に聞いてきたの?」
「いや、今日の昼休みに変な話聞いて……ちょっと気になってさ」
「変な話って?」
「べつに、何でもないことだよ。花散先輩の名前が聞こえたから、おどろいただけだ」
冬見先輩と同じ質問だ。でも彩香はこのことにまったく関係がない。嘘でもほんとうでも、援助交際をしていたとかいじめられていたとか、そんなことを無闇に話したくはなかった。
彩香は、なぜか気遣わしげな目で俺をじっと見つめた。
「ねぇ優、何かあった……?」
「え? なんだ突然」
「あ、ううん。なんか、またちょっと元気ない顔してるから……。そりゃあ以前のバイト先の先輩があんなことになったら嫌な気持ちになるのは当然なんだけど……。その花散先輩の事だって、半年も前のことなのになんで今になって聞くのかなって……。変な話を聞いたって言ったけど、事件があったときは何も聞かなかったのに……」
「…………」
あのときは、どうせもうやめてしまった場所のことなのだからと関わらないようにしていた。気の毒だとは思ったが、どんな事情があるのかも知らなかったし、たとえ知ったところで俺にできることなんて何もなかった。
でも今は違う。事情を知ることで俺にはするべきことができた。けどそれを彩香に話すわけにはいかない。
「優……」
どう言ったものかと考えていると……彩香があまりに悲しそうな顔をしていたのでギョッとした。
「あ、彩香……?」
「優、何かつらいことがあったら口に出してもいいんだよ……? どんな汚いことだって私は構わないから……。言われても何もできないかもしれないけど、優が暗い顔してたら……私もつらい」
あれ。俺って今、そんなにつらそうな顔してたのか……? 彩香にこんなに心配されるほど憂鬱そうに見えていたのか? しなきゃいけないことをしなければと、ただそれだけを考えていたはずなのに。でも何にせよ。
彩香に、余計な負担はかけたくない。
だから俺は、できる限り安心させるように笑いかけた。
「心配するなって、何もねぇよ。花散先輩のことだってほんとうに変な話を聞いたってだけだし、半年前は新しくバイトはじめたばかりでキツかったから聞くチャンスなかったんだ。本当にそれだけだから」
「…………」
でも、そう言っても彩香は変わらずに悲しそうな顔をするばかりで、ちっとも安心するようなそぶりを見せなかった。
そのことに俺も胸の奥がギュッと痛くなったけれど、だけど原因もわからないせいで何も言うことができず、結局そのままいつもの場所で別れた。
彩香のことは気がかりだった。
でも今はほかにするべきことがある。そのために俺はいつもとは違う下校道を歩いた。
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