きみと出会ってかわったこと (12)



「今日はなっちゃんたちと食べてくるね」

 週末の昼休み。彩香が俺の机のまえに歩いてきて嬉しそうに言った。

「そっか。楽しんでこいよ」

「うん」

 にこやかな顔で教室を出ていく彩香を見送り、俺も自分の弁当箱を持って教室を出た。

 屋上。人がめったにこないのでひとりで時間をつぶすには絶好の場所で、明里と会話をするにも不自由しない。だからここ最近はとくに重宝している場所だ。春のすごしやすい空気が肌に触れて心地いい。網目のフェンスから中庭を見下ろしてみると、ふたりの女子生徒と一緒に彩香が楽しげに話しているのが見えて、思わず顔がほころんだ。

「優も彩香も、おたがいべったりってわけじゃないんだ」

「べったりって……。だから俺たち、べつに付き合ってるわけじゃないんだって」

「でもほかの人たちから見れば、そうにしか見えないと思うよ?」

「よく言われる」

 クラスの男子から毎年、学年が変わるたびに問いつめられる。だからそう言われるのも、もう慣れた。

 明里は友人たちと楽しく話している彩香をしばらく眺めると、はりきりながら空に向かってパンチをした。

「よぉし、あたしたちもなにか楽しいことしよっかぁ!」

「何するんだよ。俺は今から昼飯だ」

「ふっ。私の目のまえで大人しく食べられるとでも思ってるのか?」

「急になにキャラだよ」

 しかしまあ、明里のおふざけは今にはじまったことではない。それに最近になって、冷たくあしらうよりも遊びに付き合う感覚で乗ってやったほうが手早く済むということもわかってきた。いいだろう。やってやろうじゃないか。

 俺はかっこよく言い放ってやった。

「そうか。だがな死神、俺はまだ死ぬわけにはいかない。弁当箱のなかの、このハンバーグを食べきるその瞬間まで、俺は何がなんでも生き残ってやる」

「ぶほっ」

 明里が急に吹きだした。

「な、なんだよ!」

「は、はんばーぐ? ハンバーグ好きなの? 今日のお弁当でいちばん楽しみにしてるのハンバーグだったの? 『普段はクール装ってる俺かっこいい』みたいな痛い雰囲気だしてるのに、実は子供に大人気のハンバーグが好きなの? あと今のキメ顔がウケる」

「一言も二言も多いヤツだなぁ! 悪いかよ!」

「い、いや、悪くないんだけど、今から食べるこのときのことを楽しみに今日の朝にハンバーグを詰めてたのかなーと思うと、優がえらくかわいく見えて……ぶふっ」

「べ、べつにいいだろ俺が作ってんだから自分の好きなもの入れたって! 吹きだすな!」

「い、いいんだけど……! いいんだけど、ちょっとギャップにジワジワきて、ツボ、ツボにハマったっていうかお腹が痙攣したっていうか、しば、しばらく止まんないかも……ぶへっ、へへっ、ひひひひっ!」

「気持ち悪ぃ笑いかたしやがって……くそっ、すっげぇ腹立つ!」

 そして同時に、猛烈な羞恥心に襲われて顔が熱くなる。まさかそんな、ハンバーグが好きと言っただけでこんなに笑われるなんて! おいしいだろ! ハンバーグ! 俺がこねたハンバーグなめんな!

 俺の心情なんてお構いなしに、明里はぷるぷると身体を震わせながらゲホゲホと咳をまぜて三分はたっぷり笑うと、ようやく落ちついてきたようだ。それでも目から涙が出ている。

「いや、ごめんごめん。うん、ハンバーグ好きなの、いいと思うよ?」

「黙れピンクパジャマ。俺は今死神をぶっ殺す手段を考えるのに忙しいんだ」

「死神? 霊媒師に頼めば殺せるよ?」

「殺せんの!?」

 すっとんきょうな声が出てしまった。おいおいすごいこと聞いたぞ。

「うん。死神が幽霊って間違われてるから霊媒師って呼ばれてるけど、あいつらの専門ってじつは死神なの。呪文とか唱えて縛りつけたりしてすごいよ。あれだけ見ればバトルファンタジーそのものだもん」

「じゅ、呪文……?」

「あぁ。ああいうのは、呪文じゃなくて祝詞のりとっていうのかな」

 何だそれ……そんなことが現実にあるのか? あまりに軽く言うから明里のいつもの冗談にも聞こえる。

 俺の顔がよほどマヌケだったのか、明里がからからと笑う。

「だいたいさ、優にとっては死神だってファンタジーでしょ? あたしがこうしてここにいるなら、霊媒師が祝詞唱えるファンタジーだってアリだと思わない?」

「アリなようなナシなような……。正直、死神ってだけでも最初は頭がパンクしそうだったのに、それ以上の要素まで持ちこまれたら爆発するかもしれないぞ……」

「だったらあたしのこと殺してみるぅ? 霊媒師のファンタジーが見られるよ?」

「そいつは名案だ。すぐに霊媒師について調べてみないとな」

「じょ、冗談だってば」

 明里がごまをするように愛想笑いをする。しかしすぐに、今度は機嫌がよさそうに「えへへ」と笑う。

「でも、おふざけに付き合ってくれてうれしかったよ。優も案外ノリ良いとこあるよね、びっくりした。最初の一日、二日はムスッとしてるだけだったのに」

「べつに。あのときは死神だとか何だとか言われて混乱してたからな。今のだって、べつに楽しんでやったわけじゃない」

「ノリノリだったくせに」

「ノ、ノリノリなんかじゃねぇ! 明里がふざけるからしょうがなくなぁ!」

「はいはい、わかったわかった」

 おざなりに子供をなだめるように言われた。そのことにまた恥ずかしさで顔が熱くなる。

 絶対わかってない! 絶対わかってない!

 明里はなおもニマニマとイヤな笑いかたをしながら俺を見る。

「だいたい優だって、こうやってふざけあうこと、あんまりないんじゃないの~? 彩香はこういうノリ出せないだろうし」

「そ、そんなことねぇよ。昔はけっこうふざけあってだな……。それに、彩香以外とだって……」

 幼く無邪気な顔が、チラつく。

 そのことに、胸の奥がズキンと痛んだ。

 ……ま、まあその、こうやってバカなやりとりをするのなんてほんとうに小学生のとき以来で、すこし懐かしさは感じなくもない……いやいや、こんなの疲れるだけだろ。なに考えてるんだ俺。

「ほんとにぃ~? ふざけあってた? だって優、友達少ないじゃん」

「ほっとけ」

「あ、少ないんじゃなくていないのか」

「ほっとけ!」

「部活もやってないみたいだから先輩後輩もいないし」

「……先輩、ね」

「? どうかした?」

「何でもない。それより明里はどうなんだよ? 死神同士で、その……友達とか、仲間みたいなのは」

 口にしている途中で、家族のことを聞いたときのように冷たい返しをされるんじゃないかと不安になった。

 しかし不安は杞憂だったようで、明里は突然話題を振られて「あたし?」と首を傾げた。

「出会ったときに言わなかったっけ? 死神は群れることはなくて、単独行動が多いって」

「でも死神って億単位でいるんだろ? それだけいるなら、ほかの死神と交流があってもおかしくないんじゃ」

「んーたとえばさ。都会の人ごみのなかに自分がいるとするじゃない? それってまわりは知らない人ばかりで、べつにそういう人たちに話しかけようとか思わないでしょ?」

「まあ」

「それに死神は、ほかの死神にも姿は見えなくて、気配を感じる程度だっていうのも前に言ったよね? だから、気配だけ通りかかる死神にいちいち姿を見せて話しかけようとか思わないんだよね。死神には当然学校や会社なんてないから、死神同士で接する機会なんてないし」

 妙に明るく見える明里。こいつは常に、孤独のなかで生きてきたのだろうか。

 死神とはみんな、そういうものなのだろうか。



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