第55話
「はい、わたしはすっかり元気になったんですよ。兄さんはそんなに走ったらいけないなんて言うんですから」
入院したゾーヤは治療とリハビリを続け、ついに怪我は完治した。
治療が受けられなかったときは朦朧としていた彼女だが、体が回復すると精神も元通りになり、今では雑貨屋の仕事をしている。
両親の死についても説明を受けた彼女は、兄とともに両親の店を守っていくことを気丈に誓ったのだった。
それからルスランは懸命に働くようになり、雑貨屋は繁盛した。
明るい店内には棚から溢れるほど多数の商品が陳列されている。
ふたりに気づいたルスランは、カウンターから出てきた。
以前の気落ちした面影はなく、少年は柔らかな笑顔を見せている。
「聖女さま! ありがとうございます。ゾーヤの怪我を治せたのも、店を手放さなくて済んだのも、全部聖女さまが作ってくれた保険制度のおかげです」
セラフィナが推し進めていた保険制度は、ついに実現した。
財源が問題になり行き詰まっていたのだが、解決できた。
誘拐されたときに訪れた洞窟に、ダイヤモンドの鉱脈があるのではないかと調査した結果、豊富なダイヤモンドを掘り当てることができたのだ。
ダイヤモンド鉱山発見により、財源を確保することに成功したセラフィナは、さっそく保険制度を普及させた。
そこには怪我や病気などの際、国民は無料で医者にかかれるほか、親を亡くした子どもには一定額の見舞金を出すことも含まれていた。
おかげでルスランとゾーヤの兄妹に限らず、親を亡くした子どもが路頭に迷うという不幸はなくなった。もう病気や怪我で金の工面に困る必要はなくなり、保険制度は広く国民に受け入れられた。
セラフィナは目を細めて、すっかり元気になった兄妹に答えた。
「ルスランとゾーヤが、がんばった結果よ。あなたたちの将来が、幸多いものでありますように」
セラフィナ自身がふたりの年齢の頃には、将来というものがまったく見えなかった。彼らに同じ絶望を抱えたまま、生きてほしくなかったのだ。
オスカリウスは棚の手前に並んだ木彫りの小鳥たちを眺めて、軽く肩を竦める。
「街の人々は、すっかり『聖女さま』という呼び名が定着してしまったようだね。ごらん。伝説の聖女を一目見ようと、店の外は人だかりだ」
窓の外に目を向けると、大勢の市民がセラフィナの姿を拝むために詰めかけていた。
保険制度を普及させたセラフィナは、その功績が認められたが、保険は自身のアイデアではなく、前世の記憶を頼りにしたものであると公表した。
そのためセラフィナは“千年に一度の聖女”として認定されることになったのだ。
以来、街の人々には『聖女さま』と呼ばれて慕われている。
「困ったわね。私は伝説の聖女だなんて、すごいものではないわ。聖女だとするなら『アラサー聖女』といったところかしら」
不思議そうな顔をしたゾーヤは、目を瞬かせた。
「聖女さま。“アラサー”って、なんですか?」
「そうね……。人生を諦めなくてもいい年齢、といったところかしら」
「ふうん。なんだか素敵な響きですね、アラサーって」
「ふふ。そうでしょう?」
セラフィナはゾーヤと微笑みを交わす。
街の人々の「聖女さま、万歳!」というかけ声を浴びながら、セラフィナはオスカリウスに守られて、病院の視察へ向かった。
ひととおり視察を終えたセラフィナとオスカリウスは、宮殿へ戻ってきた。
まだ薔薇の季節は遠いけれど、ふたりは薔薇園を散策する。
「みんなが保険制度を受け入れてくれて、よかったわ。これで国民はためらいなく医師の診察を受けて、回復へ向かうことができるのね」
「ダイヤモンド鉱山の採掘は順調だそうだ。質のよいダイヤが産出されるから、財源に悩む必要はなくなった」
ふとセラフィナは、オスカリウスの精悍な横顔を見上げた。
「……ありがとう、オスカリウス。ここまで来られたのは、あなたのおかげだわ」
「とんでもない。セラフィナの努力の賜物だよ。これからも、つらいときも、よいときも、いつもあなたのそばにいる」
ひと呼吸ついたセラフィナは、そっとお腹に手を当てた。
そこは胸元から広がるドレスでわかりにくいが、すでにふっくらとしている。
「実は……もうひとり、私たちのそばにいつもいる存在ができたの」
「セラフィナ……まさか?」
オスカリウスは驚きに目を見開く。
微笑みを浮かべたセラフィナは、父親となるオスカリウスに告げた。
「赤ちゃんが、できたの。四か月ですって」
「ああ……セラフィナ、素晴らしい! 俺たちは子の親になるんだな」
驚喜したオスカリウスは、ぎゅっとセラフィナを抱きしめる。
オスカリウスと過ごした蜜月により、セラフィナは懐妊した。
皇女の懐妊により、セラフィナは女帝となる資格を手に入れた。そしてオスカリウスはセラフィナと結婚し、皇配の地位に就くことが決まったのだ。
セラフィナが君主の地位に就くのは、まだ先の話だが、女帝セラフィナの誕生をアールクヴィスト皇国の国民は快く迎えてくれるだろう。
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