第13話
どうやら、オスカリウスはセラフィナの婚約者のような立場らしい。
ということはオスカリウスにとっても、皇配の地位に就くためには、セラフィナが懐妊することが必須条件となる。
つまり、婚約している状態で男女の営みを行うということよね……。
セラフィナにとっては未知の体験だ。
婚約どころか、結婚なんて自分の身には訪れないのだと思っていた。
まともに妙齢の男性と話したことすら乏しいのである。事務事項以外のなにを話すのかもわからない。
それとも、話さなくても行為さえ行えばよいということなのか。
セラフィナには、愛情もないのに義務的に男女の営みを行うなんて、できそうもなかった。
想像するだけでも戸惑ってしまい、ぎこちなく座った状態で身じろぎをする。
そこへ、女帝と入れ替わりにブデ夫人が入室してきた。
「聞きましたよ、セラフィナさま! なんでも女帝が……」
「さて、セラフィナ。いろいろと話をされたから、気持ちを整理する時間が必要だろう。少し庭を散歩しないか?」
ブデ夫人の姿を遮るように、席を立ち上がったオスカリウスはセラフィナに手を差し伸べる。
セラフィナは自然にその手を取った。
「ええ、そうね。気持ちを整理したいわ」
「庭園の夏は短いが、薔薇が見頃だよ。ともに見に行こう」
オスカリウスに導かれ、部屋を出ようとする。
だが、ブデ夫人が立ち塞がった。
「いけません! セラフィナさまはお疲れです。わたくしから話をしなければなりませんわ」
「きみはセラフィナの侍女だね?」
「いかにも。ブデ夫人です。お見知りおきを、オスカリウスさま」
「では、ブデ夫人。さっそくだが、セラフィナの衣装や身の回りの品を整頓したまえ」
「……なんですって? なぜ、わたくしがそんなことをしなければならないのです」
オスカリウスの命令に憤慨したブデ夫人は、目を吊り上げた。
一応はセラフィナの侍女ということになっているが、ブデ夫人がセラフィナの面倒を見たことなど一度もない。彼女の心中も、あくまでも王妃の侍女という身分のままだろう。
オスカリウスは悠然として述べた。
「なぜならば、きみが皇国が用意した侍女を不要だと退出させたからだ。きみが侍女としてすべての雑用をこなすということだろう? さすが、クレオパートラ王妃が幼少の頃から仕えてきた侍女は心構えがひと味違う」
王妃付きの侍女であることを承知だと匂わせられ、ブデ夫人は唇をゆがめて目を逸らした。
夫人を沈黙させたオスカリウスはセラフィナを堂々と連れ出した。彼に他意はないようで、悠々としている。
壮麗な宮殿の廊下を通り、出入り口から屋外へ出る。
綺麗に刈り込まれたコニファーの生垣がそびえる小道を、手をつないだふたりは、ゆったりと散策した。
美しい緑色をしたコニファーに、セラフィナの目が奪われる。
祖国ではこのように整然と刈り込まれた樹木は存在しなかった。父と王妃は庭園を美しく保つことには興味がないので、王宮の庭は草木ひとつ植えられていなかったのである。
セラフィナが住んでいた小屋の周辺は雑草が生い茂っていた。
目を輝かせて生垣を見ているセラフィナに、オスカリウスは微笑を湛える。
「セラフィナは草木が好きなのかい?」
「えっ……ええ、とても美しいと思って。バランディン王国の王宮には、この種類の樹木はなかったの」
「薔薇を見る前にコニファーで喜んでくれるなんて、あなたは俺にとって、とても新鮮な人だ」
「あ……もちろん、薔薇も素敵よね」
セラフィナは、ぎこちなく会話した。
今のセラフィナの感覚は王女どころか、貧民と同じ程度になっている。だから豪華なものや綺麗なものを見慣れないので、逐一驚いてしまう状態なのだ。王女なのに生垣を物珍しげに見ているなんて、奇妙に思うのは当然だろう。
小屋同然の離宮で生活していたことは、もちろん秘密にしなければならない。
貧民のような暮らしを強いられていたと皇国側にばれたら、養子を取りやめにされてしまうかもしれないからだ。
セラフィナには帰るところなどないのだ。この国の人間として、生まれ変わらなければならない。
それに……オスカリウスと離れたくないわ。
地位を失うのは恐くない。平民になったとしても、どうにか生きていけるのではと思える。
だけど、オスカリウスと接点がなくなり、彼と会えなくなるのは寂しいと感じた。
知り合ったばかりの彼にそんな想いを抱くなんて、妙かもしれないけれど。
両脇に生垣が並び立つ小道を抜けると、広い庭園に辿り着く。
「ここが薔薇園だ」
オスカリウスの導きに、セラフィナの体を爽やかな風が吹き抜ける。
視界いっぱいに広がる薔薇園は、まるで天上の世界のように幻想的な美しさだった。
「なんて綺麗なの……!」
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