第12話

 この方法をとれば伝統をねじ曲げることなく、穏便に皇族の血族を残していける。

 ふと、セラフィナは首を捻った。

 アレクセイの説明は、女帝が定めた新しい法律についてという前置きがあったが、なぜ法律を変える必要があったのだろうか。

「ところで、新しい法律とは、他国から迎えた養子の王女が女帝に就いてもよいとする内容なのかしら?」

「いえ、そうではありません。もちろん女帝の実子が跡継ぎとなるのが慣習ですが、法律には養子は認めないなどといった条件の記載はございません。陛下が皇位継承者と認めた方が、次の女帝となります」

 それでは、定められた新法とはいったいどのような内容なのだろうか。

 アレクセイは小さな咳払いをしてから、確認を取るかのように女帝とオスカリウスの顔をうかがう。

 ふたりは目で頷いた。

「新しく陛下が定められた法律とは――『皇位継承者となる女子が懐妊するまで、女帝及びその皇配の地位が認められない』というものです」

「えっ……」

 セラフィナは睫毛を瞬かせる。

 つまり、これからは子どもがいないと女帝の地位には就けないと、法律により定められたことになる。もしセラフィナが子どもを産まなかったときには、皇位継承者であっても君主になれないことを表していた。

 とはいえ、セラフィナは養子になれるのかも不明なのに、君主になるかどうかなんて、とても遠すぎて実感が湧かないが。

 ヴィクトーリヤは優美に微笑んだ。

「安定した皇位継承のために、事前に結婚と出産を済ませておくのが肝要と考えたのよ。わたしが女帝の地位を得たのは、二十八歳のときでした。それまで皇国の慣習として、女帝になってから結婚をするとされてきたの。結婚をしたのは三十五歳。これもまた慣例により、皇配は女帝より年上とされていたので、結婚時の皇配の年齢は四十二歳。わたしは初夜に皇配からこう言われたわ。『もうへとへとです、陛下』とね。子どもを授かるには遅すぎたわ。それもすべて慣習に縛られたせい。よって、わたしの失敗を次の後継者にさせないよう、法律を変えたのよ」

 慣習により結婚が遅れたことで、女帝は実子をもてなかったのだ。

 その失敗を繰り返さないために、次世代からは帝位に就くときには、すでに跡継ぎのいる状態にするべきと法律を変えたのである。

 慣習というものは厄介で、人々の価値観に常識として刷り込まれている。しかもそれは往々にして、狭い地域でしか通用しないものなのだ。その地域では常識的な慣習であっても、異なる国へ行けばそれは非常識となる。さらに困ったことに、その慣習は決して住んでいる人々にとって有益ではないことが多く、むしろ一定の属性の人々を押さえ込む性質を持っている。

 ヴィクトーリヤが実子をもてない結果となった慣習を誰が始めたのかは定かではないが、昔は通用したものだったのだろう。現在のアールクヴィスト皇国には、そぐわないのだ。

 セラフィナは古い慣習の犠牲となった女帝を気の毒に思った。

「陛下のお気持ちを、お察しいたします。僭越ながら、私を本当の娘と思っていただけるよう、努力いたします」

 謙虚なセラフィナに、女帝は愛しい者を見るように双眸を細めた。

「では、わたしの定めた法律に納得してもらえるのね?」

「もちろんです。ここはアールクヴィスト皇国ですから、陛下の定めた法に従います」

「よかった。それでは、セラフィナ。あなたをわたしの養子にします」

「あ……ありがとうございます!」

 女帝ヴィクトーリヤは、セラフィナを養子に迎えることを決めた。

 この瞬間、セラフィナはアールクヴィスト皇国の皇女となることが約束された。すなわち、皇位継承者である。

 養子に迎えるにあたっての条件とは、新法を受け入れられるかということだった。

 だが皇国に来たばかりのセラフィナに、新法への批判など湧くはずもない。

 懐妊どころか、未だに処女なのである。突然、懐妊しなければ女帝になれないと伝えられても、なるほどという簡素な感想しか抱けなかった。

 ただ、女帝が子に恵まれなかった経緯と、それによる法律の変更が理にかなっていることに納得しただけだ。

 女帝は慇懃に座しているオスカリウスに目を向ける。

「ただし、説明した通り、皇位継承者であっても女帝になれると決まったわけではないわ。あなたが妊娠しないと、わたしの跡は継げない。――オスカリウスはわたしの甥の中でも、もっとも機知に富み、性欲のある男よ。二十六歳だし、若いわ。彼を皇配候補として励みなさい」

 かぁっと、セラフィナの頬が朱に染まる。

 性欲があるだとか、励むとか、直截な言葉に戸惑いを隠せない。

 オスカリウスは苦笑した。

「誤解を招きかねない台詞はご勘弁ください、陛下。性欲があるなどと言ったら、まるで俺が女性をもてあそんでいる男のように聞こえるではありませんか。ただ閨房の試験に合格しただけですよ」

「そうね。確かにあなたは、厳しいジュペリエ指導官の行った試験に満点で合格したわ。だからこそ皇配候補に選んだのよ」

 胸に手を当てたオスカリウスは、女帝に深く頭を下げた。

 椅子から立ち上がったヴィクトーリヤはドレスの裾を翻し、部屋を退出する。宰相のアレクセイも、そのあとに続いた。

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