第37話
「ええ。そのようね」
宰相と女帝は頷き合った。
セラフィナは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「……“あの計画”とは、どういったことでしょう?」
「現場へ向かいながら説明いたしましょう。見ていただいたほうが早いと思いますので」
てのひらで促したアレクセイ、そして女帝とともに執務室を出る。
現場とは、いったいどこのことだろう?
セラフィナは、ふたりのあとに続いた。
廊下を歩きながら、アレクセイは語り出す。
「宮殿の敷地内にある森の中には、いくつかの離宮がございます。その中にある、もっとも奥の離宮は、一部の皇族が短期的に使用する場所として、代々重宝されてきました」
“離宮”と耳にしたセラフィナは嫌な思い出がよみがえり、ぎくりとする。
なんのために使用する離宮なのか、怖くてとても聞けなかった。
宮殿の扉から外へ出るとき、侍女たちに外套をかけられる。セラフィナもふわりとしたコートを着せかけられた。
森へ続く道は両脇に生垣がそびえているが、そこは雪で真っ白に染まっている。
フードをかぶったアレクセイは言葉を継いだ。
「無論、陛下も利用されました。それ以来、数十年ぶりですね。あの離宮が使われるのは」
「そうなるわね。けれど用がないというわけではないわ。あの離宮は皇族のために欠かせないもの。維持するために、それなりの費用をかけているのよ」
セラフィナは首を捻る。
どうやら、それは特別な離宮のようだ。セラフィナが知っている祖国の小屋のように、いらない王族を放り込んでおく離宮などとは異なる匂いがする。
森を進んだ三人は、ひとつの離宮の前へ辿り着いた。
こぢんまりしているが、壮麗な装飾に彩られた外観は、粉雪に化粧を施されてキラキラと輝いている。
「こちらです。離宮の別名は『後宮の園』ですね」
そう告げたアレクセイは、木立の中に隠されたように佇む離宮の扉を開いた。
足を踏み入れると、来客や召使いが待機する前室がある。その奥は談話室のような広々とした部屋だった。壁紙が淡いピンクで、暖炉には薪がくべられている。ゆったりしたソファは猫足がついており、深みのある緋の天鵞絨だ。
まるで貴族の令嬢が好むような部屋だが、特に変わった点は見られない。
奥にもいくつかの部屋があるようだが、寝室だろうか。
セラフィナはコートを脱ぎながら、室内を見回した。
「ここが『後宮の園』という名の離宮なの……? 気分転換をするための別荘という雰囲気ね」
「遠からず当たっていますね。セラフィナさまも、ぜひ気分転換をしてください」
「えっ?」
どういう意味だろう。
すると、女帝が奥の部屋へ向かって声をかけた。
「ムッシュ・ジュペリエ! 出ていらっしゃい」
その声に呼応して、奥の扉が音もなく開く。
長い亜麻色の髪を束ねた痩身の男性が、ふんだんにレースのついたブラウスの袖を翻して現れた。
「あら、陛下。お待ちしておりました」
そう言った彼は仰々しい仕草で腰を折り、礼をする。
なんだか役者のような言動の男性だ。
ムッシュ・ジュペリエは前髪を華麗な仕草で払うと、わざとらしく首をぐるりと動かした。彼は目を瞬かせているセラフィナに、妖艶な笑みを見せる。
「そちらのお嬢さまが、皇女殿下ね。――そうねぇ……一か月よ」
唐突に宣言したジュペリエは、指を一本立てた。
なにが一か月なのだろう。そしてなぜ、彼は女性のような喋り方なのだろうか。
ヴィクトーリヤは疑わしげに眉をひそめる。
「すごい自信ね。そんなにすぐに懐妊できるかしら」
「あたくしを見くびってもらっちゃ困るわ。あたくしの父は懐妊指導官として、陛下を懐妊に至らせることができなかった。けれど、あたくしは結果を出しますわよ」
“懐妊指導官”という単語に、セラフィナは瞠目する。
女帝は神妙な表情を浮かべて顎を引いた。
「期待しているわ。懐妊指導官の家系の総督として、本領を発揮してちょうだい」
「お任せあれ。女帝陛下」
ふたりのやり取りを聞いていたセラフィナは、ごくりと息を呑む。隣で平然として見守っていたアレクセイに問いかけた。
「あの……もしかして、ここは懐妊指導を行う館だとか……そういうことかしら」
「その通りです。ほかにどう見えますか?」
「……ということは、私はムッシュ・ジュペリエに指導してもらうということなの?」
「ご名答です。彼の手腕にかかれば、一か月でセラフィナさまは懐妊できるそうですから、おおいに期待できますね」
事態を理解したセラフィナは驚きに目を見開く。
いくらなんでも、一か月で懐妊に至るなんて無理な話ではないだろうか。月のものは月に一回なので、そういう意味では懐妊するチャンスは一度きりということになる。せめて一年ほどの猶予を取るべきではないか。
「それはちょっと……難しいのではないかしら」
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