第38話

 ところが臆するセラフィナに、女帝は言い放つ。

「セラフィナはしばらく休暇を取って、ジュペリエ指導官から懐妊指導を受けなさい。懐妊に至るまで、保険庁の仕事はしなくていいわ」

「ええっ⁉ そんな、陛下、仕事に穴を開けるわけにはいきません」

「それなら、すぐにでも懐妊することね。明日懐妊するのなら、もちろん明後日から復帰していいのよ?」

 セラフィナは押し黙った。

 懐妊という結果を出すのは皇女としての義務である。保険庁の仕事にばかりかまけて、結婚と妊娠を逃しては困るという女帝の親心なのだ。

 前世もそういった人生だっただけに耳が痛い。

 女帝はジュペリエに向き直る。

「オスカリウスとエドアルドの皇配候補たちには伝えておくわ。いつでも呼び出してちょうだい。わたしはどちらの甥が皇配になってもいいのよ」

「かしこまりましたわ、陛下。うふふ」

 ジュペリエは嬉しそうに笑った。

 まるで自分がふたりの男のどちらを指名するか考えているように楽しそうである。

 呆然とするセラフィナを残して、女帝は離宮を出ていく。そのあとに続こうとしたアレクセイが去り際、ふと声をかけた。

「ご武運を」

 がっくりとセラフィナは肩を落とす。

 セラフィナが手にしていたコートをするりと受け取ったジュペリエは、隣の衣装部屋へ片付けた。彼は揚々とした足取りで談話室へ戻ってくると、紅茶を淹れ始める。

 懐妊指導官とのことだが、まるで侍女のような甲斐甲斐しさだ。

 だが、ムッシュ・ジュペリエは男性である。

 懐妊を命じられた離宮で、男性とふたりきり。

 状況を理解したセラフィナは青ざめた。

「あ、あの、ムッシュ! 私はあなたと子作りするつもりはありませんから!」

 慌てて性的な関係を結ぶつもりはないことを伝えると、ジュペリエは呆れ顔を見せる。

「はぁ~? これはなかなかのお子ちゃまね。手強いわ。一か月なんて大見得切ったけど、心配になってきちゃったぁ」

 ジュペリエは綺麗な所作で、紅茶を提供した。薔薇が描かれたティーカップからは、芳醇な香りが漂う。

「まあ、座りなさいよ。あたくしのことは女友達だと思って、気さくに“ジュペリエ”って呼んでね」

 ソファに腰を下ろし、華麗に踵を跳ね上げて足を組んだジュペリエは、優雅にティーカップを傾けた。

 セラフィナも隣のひとりがけのソファに座る。せっかくなので紅茶をいただこう。

「はあ……女友達と言われても、ジュペリエは男性……よね?」

 温かいティーカップの熱が、じんわりと冷えた指先に染み込む。

 ジュペリエは口角を吊り上げた。

「あたくしはいわゆる“オネエ”というやつね。でも、アレはついてるわよ。おほほ」

「はあ……」

「ぬるい反応ねえ。だからさ、セラフィナが子作りする相手はあたくしじゃないし、そもそもあたくしはあんたみたいなお子ちゃまに興味ないわけ。襲われたらどおしよ~なんて考えるのは自意識過剰ってことよ」

「はあ……失礼しました」

 ジュペリエは仕事として職務を全うするという意思を示したのだ。

 懐妊を申しつけられて男性とふたりきりになったので、セラフィナは思い違いをしてしまった。

「ところでさぁ、セラフィナはどっちなの?」

「はい? 私は女性だけど……」

 どっちと訊ねられたので、会話の流れから性別のことかと思ったが、ジュペリエは眉をひそめた。

「あのねえ、どっちと言ったら男の話に決まってるでしょ! オスカリウスさまとエドアルドさまの、どっちとセックスしたいのよ」

「……そう言われても」

 あけすけすぎて返答しづらい。

 セラフィナは頬を引きつらせて苦笑した。ティーカップを片手にしたジュペリエは、空いたほうの手をひらひらと振る。

「じゃあ、質問を変えるわね。ふたりのどちらに、よりあなたの心は惹かれているの?」

 そう聞かれて、セラフィナは己の心に問いかけた。

 答えはすぐに出た。

 オスカリウスだ。

 彼に出会ったときから惹かれている。

 ――オスカリウスが、好き。

 けれど、そうはっきり口に出すことはできなくて、飴色の紅茶に目を落としながらセラフィナは頬を染める。

「そ、それは……秘密よ」

「ふうん。なるほどね。どうやらあんたの心の中では決まってるようね」

 驚いたセラフィナは顔を上げる。

 ジュペリエには見透かされてしまったらしい。

 ソーサーにカップを戻したジュペリエは、気怠そうに前髪をかき上げた。

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