第39話
「で、告白はしてないのね」
「……それは、その……」
「まさか告白の仕方がわかんないとか言わないでしょうね」
「……えっと……」
セラフィナは小さく頷いた。
盛大な溜息を吐いたジュペリエは、てのひらで額を押さえる。
「ちょっと練習してみましょうか。あたくしをオスカリウスさま、またはエドアルドさまだと思って、『好きです』って言ってみて」
きりりと表情を引きしめて背を伸ばしたジュペリエは、大公たちの真似をしているようだ。
どうにも照れてしまうが、彼は真剣なので断るわけにもいかない。
セラフィナは勇気を出して、その言葉を口にした。
「す、す……きです」
最後は消え入りそうに小さな声である。
訝しげに双眸を細めたジュペリエは、耳元に手をかざした。よく聞こえなかったらしい。
「まあ、いいけどね。第一関門は突破したとみなすわ。それじゃあ、時間がないからさっそく講義を始めるわよ」
「えっ。講義があるの?」
「当たり前でしょ! 懐妊指導をなんだと思ってんのよ。始めの一週間は、みっちり講義と実地訓練を受けてもらうからね」
ジュペリエに引きずられたセラフィナは奥の部屋へ連れていかれた。そこには教卓と机が置かれ、本棚には数々の教本がびっしりと詰め込まれていたのだった。
◆
「なんだと⁉ セラフィナが『後宮の園』へ?」
マイヤから報告を受けたオスカリウスは驚きの声をあげた。
地方の役所から戻ってくると、セラフィナの執務室は空だった。
女帝に呼び出された彼女は、『後宮の園』に閉じ込められたのだという。
あの離宮は皇族が使用する懐妊指導所のようなところだ。主に結婚する前の子女が、懐妊するための手ほどきを懐妊指導官から教授してもらうのである。
数代前の女帝が、お気に入りの男性を複数連れ込んだという経緯があるので、『後宮の園』という名称がつけられた。
「まさか陛下が強硬手段に出るとはな……」
セラフィナが懐妊指導を受けるのは、まだ先の話だと思っていた。女帝はかなり焦っているのだとうかがえる。思いのほかセラフィナが保険庁の仕事に懸命なのも、女帝には予想外だったのだろう。
このままでは皇女の義務を忘れて、仕事に邁進するとでも思ったのだろうか。そうなるかもしれない責任の一端は自分にもあると、わかってはいるのだが。
保険制度を実施したいという前代未聞のことに情熱を傾けるセラフィナに、深い共感を覚えた。もしも、この制度が実現できたなら、国民の生活が豊かになるに違いない。怪我や病気での破産に怯えることなく、心穏やかに働いて、子を養うことができるのだから。
国民の安寧を一番に考えるセラフィナには、女帝となる資格が充分にある。それどころか彼女は伝説の聖女という崇高な人なのだ。
どうにかセラフィナの力になりたいと、保険庁の副総裁として仕事ばかりにかまけていたのは否めない。
マイヤは主のいなくなった執務室で、申し訳なさそうに頭を下げた。
「セラフィナさまは陛下から、一か月間は職務を離れ、離宮で過ごすことを命じられたそうです。懐妊指導官のムッシュ・ジュペリエは、一か月でセラフィナさまを懐妊させてみせると陛下に約束したのだとか。いずれオスカリウスさまにも、お呼びがかかると思われます」
「一か月だと? 指導の時間も必要だろうし、そうすると営みがあるとしても数日程度ということか……。無謀だと言わざるを得ないな。無垢なセラフィナが、そう簡単に変わるとは思えない」
彼女は純真な女性だ。
これまで男性と触れ合った経験がないのだと思える。
それにブデ夫人との一連のできごとの通り、祖国ではひどい扱いを受けてきたので、恋愛を楽しむような意識が育っていないのだと感じた。
セラフィナを怯えさせないよう、ゆっくり距離を縮めていこうと考えていたが、思い返してみると悠長だったかもしれない。
それは保険庁の仕事が忙しかったこともあるが、なによりセラフィナがエドアルドに対して興味を持つ気配が微塵もなかったからだ。
彼の招待する夜会などに、セラフィナは一度も応じたことがない。
エドアルドはどうにかしてセラフィナの気を引こうと贈り物をしているが、彼女はそもそも物欲がないので、宝石やドレスなどを贈っても喜ばないばかりか困ってしまう性分なのをオスカリウスは知っていた。
エドアルドはセラフィナのことを、なにもわかっていない。
自分が一歩先んじている。
そんな慢心から、セラフィナを自分のものにする努力を怠っていたのだ。
オスカリウスとしても、もちろん男としての欲は人並みにある。
セラフィナが好きなので、キスをして抱きたいと願う気持ちが溢れそうなのを、普段は胸にしまい込んでいるのだ。
それをセラフィナに知られたら、拒絶されてしまうのではという恐れがあった。彼女は皇女として国の未来を慎重に考えているのか、オスカリウスとエドアルドのどちらを選ぶか、もしくは両方とも皇配にするなどと言い出さない。
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