第27話
「おれは、エドアルド・ラヴロフスキー大公。女帝ヴィクトーリヤの甥のひとりだ」
「大公殿下なのね」
「気さくにエドアルドと呼んでくれ。俺も皇女殿下とは呼ばず、セラフィナと名前で呼びたい。なにしろ、おれたちは将来の伴侶となるのだからな」
「……えっ?」
将来の伴侶とは、どういうことだろうか。
セラフィナの皇配候補はオスカリウスなので、彼と結婚するのが定石ではないかと思うのだが。
眉をひそめたオスカリウスは、エドアルドに鋭い声をかけた。
「エドアルド。きみは皇配候補ではないだろう。セラフィナの将来の伴侶は俺だ」
「いいや。おれも審査を通って、第二皇配候補として認められたのだ。オスカリウスはセラフィナを妻のように独占しているが、今後はそうはいかないぞ」
立ち上がったエドアルドは眼差しを鋭くして、オスカリウスを睨みつけた。
戸惑うセラフィナは、すいとエドアルドに空いたほうの手を取られた。セラフィナは、ふたりの男に触れていることになる。
オスカリウスは冷たい紺碧の双眸で、エドアルドの眼差しを受けた。
「第二皇配候補だと? きみこそ、セラフィナを我が物のように扱わないでくれたまえ」
「おれのものも同然だ。おまえは無様に負けたら見苦しいだろうから、今のうちに身を引いたらどうだ」
「俺を侮辱する気か」
「ほかにどう聞こえたんだ」
ふたりの男はセラフィナを挟んで火花を散らす。
困ったセラフィナはどうにか場を収めようと、おそるおそる声をかけた。
「あの……皇配候補がふたりいることは、私は初耳だわ。詳細を宰相のアレクセイに確認してもいいかしら」
皇配候補が複数存在するという事態に混乱する。
女帝を交えて宰相のアレクセイから説明を受けたとき、確かに皇配候補がオスカリウスひとりだとは言っていなかった気がするが、詳しいことを訊ねる必要がありそうだ。
セラフィナの提案に、オスカリウスとエドアルドは頷いた。
「そうだね。俺もエドアルドが第二皇配候補になったとは聞いていない。説明を求めよう」
「ちょうどいい。宰相に、おれこそ皇配にふさわしいと認めさせよう」
「なんだと? きみは相変わらず傲慢だな」
「おまえこそ図々しい。セラフィナから離れろ」
どうにもふたりは相性が悪いようで、すぐに睨み合ってしまう。
セラフィナは慌ててふたりの男の手を引き、宮殿へ戻った。
宰相の執務室を訪ねると、アレクセイは快く三人を迎えた。
「そろそろ、おいでになる頃だと思っていました。どうぞ、おかけください」
椅子を勧められたが、オスカリウスとエドアルドは握りしめたセラフィナの手をほどこうとしない。そのまま羅紗張りの長椅子に、三人並んで腰を下ろした。
滑稽にも見えるのだが、アレクセイは眉ひとつ動かさず、向かいの椅子に腰かける。
オスカリウスが口火を切る。
「エドアルドは自身を“第二皇配候補”だと名乗っているのだが。どういうことか、説明を求める」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げたアレクセイは、理知的な双眸を向けた。
「エドアルドさまのおっしゃる通りです。彼は審査と審議会を通過し、セラフィナさまの第二皇配候補という地位を得ました。それは陛下が認めたことです」
女帝が認めたという発言に、オスカリウスは瞠目する。エドアルドは勝ち誇った笑みを見せた。
「待ってくれ。確かに俺は、陛下から第一皇配候補として指名された。だが第二皇配候補と、あとに続く者がいるだなんて聞いていない」
「オスカリウスさまの許可は必要ありませんので。皇配候補に立候補したのは、エドアルドさまのご希望によるものです。陛下はオスカリウスさまを信頼しておりますが、あくまでも皇配候補というわけでして。確実にセラフィナさまがご懐妊されるためにも、ほかの候補を挙げておくのは良策であると、わたしも思います」
確実にご懐妊、などという単語が飛び出したので、セラフィナは赤面する。
新しく定められた法律は、『皇位継承者となる女子が懐妊するまで、女帝及びその皇配の地位が認められない』というもの。
つまり、セラフィナが懐妊したら、その子どもの父親が自動的に皇配の地位を得るということなのだ。それはオスカリウスに限ったことではないというのが、アレクセイと女帝の見解である。
アレクセイは真面目な表情で淡々と述べた。
「ですから、夜這いはご遠慮ください。セラフィナさまと夜をともにするときは、必ずわたしの許可を得るように」
どちらの子なのかわからなくなる行為は控えろと、アレクセイは言いたいのだ。
セラフィナは男女の営みを行ったことはないし、キスすら未経験なのである。
顔を真っ赤にしたセラフィナは戸惑いつつも、アレクセイへ告げた。
「あの……私はまだ、そんなことは……。エドアルドさまのことはなにも知らないし、ずっとオスカリウスさまが婚約者だと思っていたから、この状況にとても戸惑っているわ」
すかさずエドアルドが、セラフィナの顔を覗き込んだ。彼はセラフィナとつないだ手を強調するかのように、肩の高さまで掲げる。
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