第28話
「これから知ればいい。おれはオスカリウスより胆力がある。体は健康で頑丈。国立大学院を首席で卒業している」
「エドアルドより俺が一学年上だったが、首席なのは俺も同じだ。それに俺より胆力があるというのは主観でしかない」
ふたりは鋭い眼差しを交わす。
まるで炎と氷のようである。
「オスカリウスは子どもの頃、避暑地で蝉から逃げ回っていたではないか。おれが、おまえを追いかける蝉を捕まえてやったのを忘れたのか」
「忘れていたな。それを言うなら、きみは大学院時代にパブに出入りして父君に勘当されかけていた。俺が口添えしてかばってあげたのではなかったか」
「そんなことがあったのか。記憶にない。おれを貶めるための虚言にしか聞こえないな」
「随分と都合のいい記憶力だ。二度はかばわないので、気をつけてくれ」
ふたりの大公の応酬は留まるところを知らない。
嘆息したアレクセイが両手を掲げた。
「おふたりとも、そのくらいにしてください。いとこ同士なのですから、仲良くしていただけませんかね」
オスカリウスは眉をひそめる。エドアルドも、きつく眉根を寄せて顔を背けた。
「それは難しい。昔からエドアルドとは相容れないのだ」
「ライバルの皇配候補である限り、仲良くしろというのが無理な話だな」
ふたりの言い分を聞いたアレクセイは、深く頷く。
「ごもっともですね。今日のところは、おふたりとも帰っていただけますか? わたしがセラフィナさまと今後について相談いたしますので」
互いに目を合わせたオスカリウスとエドアルドだが、すぐに逸らす。
ふたりは握りしめたセラフィナの手に、それぞれ唇を落とした。
「セラフィナ。俺はいつも、あなたを想っている。贈り物を楽しみにしていてくれ」
「おれからの贈り物も、すでに用意させてある。気に入ってくれるはずだ」
セラフィナは困惑した。
これ以上、ふたりに言い争いをさせないためにも、ここは素直に頷いておいたほうがいいだろう。
「ええ……ありがとう、ふたりとも」
名残惜しげにセラフィナの手を離したふたりは同時に立ち上がる。
それぞれが執務室を退出したのを見計らい、アレクセイは口を開く。
「さてと。それではおうかがいしますが、セラフィナさまとしては、どちらの皇配候補がお気に入りなのでしょうか」
「そう聞かれても困るわ……。ふたりはいとこなのよね。どちらを指名しても角が立ってしまうのではなくて?」
「セラフィナさまが気にすることはありません。あなたさまがもっとも優先すべきなのは、身ごもることです。そのためならばオスカリウスさま、もしくはエドアルドさまを夜伽に指名するべきです」
「……夜伽って……」
セラフィナには未知の世界なので、どう捉えればよいのかもわからない。
それに、気に入ったという理由で軽々しくベッドに呼ぶ行為はどうなのかとも思う。
セラフィナが男女の営みにより身ごもったとしたら、その子の父親がアールクヴィスト皇国の皇配となる。国の将来に多大な影響を与えることになるのだ。そんな重大なことを、簡単には決められない。
オスカリウスに好意を抱き、彼に恋心を持っていたが、そんなセラフィナの幸福感に昏い影が落とされた。
当たり前のことかもしれないが、オスカリウスはエドアルドが現れて敵対関係にあると知った途端、エドアルドに眼差しを注いだ。
セラフィナを無視したわけではないが、セラフィナより皇配という地位を重んじているように思ってしまう。
果たして、オスカリウスに皇配候補としての義務感はないと言えるのだろうか。もしかすると彼はセラフィナではなく、皇女に好意を抱いているだけなのではないか。
――すべては皇配になるために。
彼を疑うなんてしたくない。
だが、祖国では虐げられてきたセラフィナが、急に誰かに愛されるなんて、やはりありえないことだったのではという思いが脳裏を掠める。恵まれなかったこれまでの人生が悲しみの棘となり、深々と突き刺さった。
肩を落としているセラフィナに、アレクセイは冷静に述べる。
「すぐに夜伽を行うのは難しそうですね。場合によっては第三、第四の候補者も選定するつもりでしたが、セラフィナさまは奥手のようで。男性に囲まれて愛されるのは気分よくありませんか?」
「気分よくないわよ……。皇配候補者が複数いると、オスカリウスとエドアルドのように争う関係になってしまう。憎み合うなんて、私としても見ていたくないわ」
「そうはおっしゃいましても、陛下がお決めになった方針ですからね。ご存じかもしれませんが、陛下はご自身の皇配を慈しんではおられますが、男女の関係ではありませんでした。ほかに皇配候補がいたならば、実子の後継者を持てたかもしれません。セラフィナさまに同じ轍を踏ませないようにとの配慮なのです」
女帝の憂慮を察して、セラフィナは頷いた。
セラフィナになんとしても子を授かってもらいたいと、女帝は気にかけているのだ。養子とはいえ、娘が結婚して子を産むという幸せを願うのは、母親として当然かもしれない。女帝自身は一国の君主でありながら、その幸せの半分しか手に入れられなかったのだから。
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