第26話

 双眸を細めたオスカリウスは黙していたけれど、すぐに笑みを向ける。

「では、俺の手からなら、食べてくれるだろうか」

「えっ?」

「薔薇園ではセラフィナの好きな色を聞いた。今度は、好きな食べ物を教えてほしいな」

 ふたりが囲んだ大理石の丸テーブルには、アフタヌーンティーセットがある。

 精緻な細工の銀の三段トレーには、上段にりんごのタルトや苺のシュークリームなどのひとくちデザートがのせられ、中段にはシャインマスカットのグラスジュレにオペラのケーキ、そして下段はフォアグラのムースとライ麦パンのサンドイッチというメニューだ。

 さらにバスケットには温かいスコーンが盛られ、レモンカードとクロテッドクリームが添えられている。

 彩り鮮やかなスイーツとセイボリーを、芳醇な紅茶とともにいただく優雅な時間だ。

 セラフィナはこんなにも豪華な食事には未だに慣れなくて、どれが好きなのかもよくわからない。

「そうね……たくさんあって選べないわ。どれも好きよ」

 そのように正直に答えると、オスカリウスは衝撃を受けたように目を瞬かせる。

「……あなたの口から、『好き』という台詞が出ると衝撃的だね」

「えっ? なにか、おかしかったかしら」

 苦笑したオスカリウスは首を左右に振った。

「いいや。とても可愛らしいと思ったんだ。セラフィナが『好き』と言ったのはケーキのことなのに、勘違いしてしまいそうだよ」

 どういう意味なのかわからず、セラフィナは栗色の睫毛を瞬かせる。

 その仕草を愛しげに見つめたオスカリウスは、上段の皿から苺のシュークリームを摘まんだ。

「あなたに手ずから食べさせたい」

 そっとセラフィナの口元に、シュークリームが寄せられる。

 彼の大きな手に対比して、ひとくち大のシュークリームはとても小さく見えた。

 セラフィナは、おずおずと口を開ける。

 するとそこへ、柔らかなシュークリームの皮が触れた。口中にひとくちで入る大きさではあるのだが、口を閉じようとしたときに皮が破れてしまい、甘いクリームがまろびでる。

「あっ……」

 とっさに顔を傾けたセラフィナは、オスカリウスの指についたクリームを啄む。

 クリームを落とさないようにという反射的な行動だったが、彼の指に唇が触れてしまった。

 顔を真っ赤にしたセラフィナは身を引き、こくんとシュークリームを呑み込む。

「ご、ごめんなさい……」

「俺のほうこそ、すまない。わざとではない。誓って」

 オスカリウスは表情を引きしめていたが、耳朶が赤くなっていた。

 セラフィナの口の中に残ったクリームは、とてつもなく甘美だった。


 なんだかぎこちなくなってしまったが、アフタヌーンティーの優雅な時間を過ごしたあと、セラフィナはオスカリウスと別れるのが名残惜しくなる。

 その気持ちを汲んだかのように、オスカリウスは優しい声をかけた。

「このあとは、薔薇園を散歩しないか?」

「ええ、ぜひ行きたいわ」

 オスカリウスと薔薇園を散策できることは、セラフィナにとって最高の過ごし方だ。

 エスコートするオスカリウスの肘に手を回す。ふたりはすぐ近くの薔薇園へ向かって、

ゆったりと歩みを進めた。

 薔薇のアーチをくぐると、薔薇たちは穏やかな陽射しのもとで、華麗に咲き誇っている。

「また薔薇の花束をプレゼントしていいだろうか。今日は晴れているが、雨のときは散歩できないからね。天気がよくない日でも、あなたに薔薇を愛でてほしい」

「ええ、ぜひ。……前に贈ってもらった薔薇は片付けてしまったから……。でもカードは残っているの。とても嬉しかったわ」

「今度もカードも添えよう。愛の言葉を綴りたい」

 嬉しくて胸がいっぱいになったセラフィナは、傍らのオスカリウスを見上げた。

 彼の双眸は、まるで恋をしているかのように、まっすぐにセラフィナへ向けられている。

 どきどきと鼓動が高鳴る。

 オスカリウスも、もしかして、私のことが好き……?

 彼が好意を持って接してくれているのは、とても嬉しい。両想いだとしたら、どんなに幸せだろう。

 そう思ったとき、道の向こうから真紅のジュストコールをまとった若い男性がやってくるのが目に入った。

 男性の姿を目にしたオスカリウスは挨拶する。

「やあ、エドアルド。いい天気だね」

 エドアルドと呼ばれた男性は、オスカリウスに冷たい視線を投げて黙殺する。

 そして彼はセラフィナの前に片膝をついた。

「あなたに会いたかった、皇女セラフィナ。夜会では不躾な輩がいたため、ご挨拶できずに申し訳ない」

「え……あなたは?」

 突然、足元に跪かれて、セラフィナは瞠目する。

 男性の顔に見覚えがあるような気もするが、夜会に参加していたのだろうか。

 エドアルドは顔を上げて、セラフィナに眼差しを注ぐ。

 まるで炎のような赤毛が印象的な美丈夫だ。眦の切れ上がった精悍な顔立ちからは、雄の猛々しさが溢れている。

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