第25話
オスカリウスを呼び出した従者は謹慎処分。
従者の証言によると、ブデ夫人に一ルーブルを渡され、オスカリウスを森へ誘い出してほしいという依頼を受けていた。それ以外の詳しい事情について彼は知らなかったので、罪にはならなかった。
暴漢たちは街のごろつきで、大公を襲った罪により刑務所に収監された。彼らは黒い衣装で顔を隠した女に、大公を痛めつけるよう金で雇われたと証言した。
ブデ夫人の言い分はこうだった。従者に金を渡したのは寄付であり、指示など出していない。暴漢のことは知らない。夜会でコロコロフ公爵に、皇配になれるとアドバイスしたのは親切心である。証拠でもあるのですか、とブデ夫人は堂々としていた。
だが暴漢が、『声が依頼人と同じ人物だ』と証言したため、主犯はブデ夫人と認定された。
オスカリウスは暴漢を返り討ちにしたので、大事には至らなかったことも考慮され、夫人は国外退去処分となった。
ただちにブデ夫人はバランディン王国へ帰還せよと、女帝に命じられる。
この処置に、ブデ夫人は怒り狂った。
彼女は不服を申し立てたが受け入れられず、衛兵に引きずられて馬車に放り込まれたのだった。
庭園の芝生を吹き抜ける風とともに、オスカリウスは溜息をつく。
「ブデ夫人は帰還したが、最後まで罪を認めることはなかった。彼女は俺に怪我を負わせて、セラフィナの皇配をコロコロフ公爵に変更させようと目論んだのだろう。まったく身勝手なものだ」
セラフィナとオスカリウスは、庭園のテーブルセットでアフタヌーンティーを嗜んでいた。芳しい紅茶の香りが、心を落ち着かせてくれる。
「オスカリウスが無事で本当によかった。私はそれだけで充分だわ」
白磁のティーカップを手にしていたオスカリウスは、ふとソーサーに戻した。
「あなたは……優しいのだね。ブデ夫人は侍女でありながら、セラフィナに様々な仕打ちを行ってきたはずだ」
はっとしたセラフィナは、居たたまれなくなり、うつむく。
オスカリウスには知られていたのだ。ブデ夫人は癇癪を起こすと声を荒らげるので、部屋の外まで漏れるのは当然だろう。
「それは……その……私の祖国の事情が関係しているの。祖国の恥をさらしてしまって、恥ずかしいわ」
「つらかったね。これからは、あなたに悲しい思いはさせない。今後のセラフィナの侍女はマイヤが務めることになった。忠実な侍女だから、なんでも頼むといい」
そばに控えているマイヤは薄く微笑んだ。
セラフィナとしても、ブデ夫人に対抗してセラフィナを助けてくれたマイヤが仕えてくるのなら心強い。
「よろしくね、マイヤ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。セラフィナさま。――もうお気づきかもしれませんが、わたしはふつうの侍女とは少々異なりまして……」
ティーポットから紅茶を注ぎ足しながら、マイヤはちらりとオスカリウスの顔をうかがう。
咳払いをこぼしたオスカリウスが補足した。
「ここだけの話だが、マイヤの本来の職務は侍女ではない。彼女は秘密警察の所属で、俺がスカウトして直属の部下にしたのだ。つまり、諜報員だね。格闘技にも長けているので、暴漢が現れたときなど重宝するよ」
「まあ……そうだったのね」
通りで、ブデ夫人に叩かれそうになったときの対処の仕方が常人離れしていたはずだ。
秘密警察の諜報員は一般的な警察官とは異なり、正体を隠して活動している。暗殺を恐れる皇族などが専属で雇うこともあるので、宮廷でも暗躍する存在だ。
まさか小柄で少女のような容貌のマイヤが凄腕の諜報員とは意外だったが、彼女がいてくれたからこそ、セラフィナはブデ夫人の魔の手から逃れられたのだ。そして、なによりもマイヤを派遣してくれたオスカリウスのおかげだった。
安心したセラフィナの顔を、オスカリウスは目を細めて見つめる。
「あなたには笑顔が似合う。顔色もだいぶよくなったね」
「あ……そうね。近頃はマイヤのおかげで三回の食事が取れているから、髪や肌が綺麗になったみたいなの」
皇国へ来たばかりの頃は、ブデ夫人に食事を取り上げられ、わざとひっくり返されて食べさせてもらえなかった。
けれど今はそういった仕打ちを受けることはなくなった。マイヤに甲斐甲斐しく給仕してもらいながら、栄養のある食事がたっぷり取れている。
おかげでパサパサだった栗色の髪は艶々になり、かさついていた肌はみずみずしくなった。
人並みの量を食べることができるようになり、体力もついてきたセラフィナは、体の内側から輝いていた。これなら、いつ女帝から晩餐会に招待されても、恥ずかしくない姿を見せることができる。
「たくさん食べるといい。あなたが皇国から来たときは、馬車から下ろした体があまりにも痩身だったので驚いたよ」
「あの頃は……体が弱くて、あまり食べられなかったの」
今さらブデ夫人をかばう必要はないかもしれないが、事を荒立てないため、食事を取り上げられていたことは黙っていた。ブデ夫人の所行だけではなく、セラフィナは祖国にいたときから、硬いパンと冷めたスープしか与えられていなかったのだから。
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