第24話

 女帝は動揺することなく、オスカリウスに問い質した。

「なぜ暴漢に遭遇したの? あなたは今までどこに行っていたのですか」

「俺は、とある人物に金で雇われた従者に呼び出され、宮殿の敷地内の森で暴漢に襲われました。こちらが叩きのめしてやりましたがね」

 見ると、従者と思しき男性は縄で縛られ、がっくりと肩を落としている。

 いったい、何者がオスカリウスを罠にはめて、危害を加えようとしたのだろうか。

 縛られた従者は、こっそり逃げだそうとしていたブデ夫人を呼び止めた。

「ブデ夫人! 助けてください。一ルーブルぽっちで捕まっては割に合いません!」

「なにを言うのです! わたくしに罪を着せようとしないでちょうだい。これだから犯罪者はあつかましい! わたくしが共犯だという証拠でもあるの⁉」

 必死になってブデ夫人は、がなり立てる。

 青ざめたコロコロフ公爵は巨体を揺らし、逃げだそうとした。

 そこへ、女帝の冷徹な一喝が響き渡る。

「待ちなさい。みな、そこを動くことはわたしが許さない」

 ぴたりと、その場にいた全員が動きを止め、息を呑んだ。

 ヴィクトーリヤは警察に命じる。

「コロコロフ公爵とブデ夫人の身柄を確保しなさい。ふたりから事情を聞くのよ。許可が下りるまで、自由の身になることは許しません」

 ふたりは警察に引き立てられていった。「無実だ、えん罪だ」と口々に喚いていたが、事情を聞くのみであり、裁判にかけられて有罪と確定したわけではない。誤解ならば、すぐに解けるだろう。

 次に女帝は、オスカリウスへ目を向けた。

「あなたも事情聴取に応じなさい。後日でいいわ。怪我がなくて、なによりでした」

「承知しました。ご理解いただきまして、感謝します」

 ほっと、セラフィナは胸を撫で下ろす。

 なぜオスカリウスが事件に巻き込まれたのかは、これから明らかになるだろうが、彼が無事でよかった。

 オスカリウスはセラフィナへ向けて、てのひらを差し出す。

 彼の手には包帯が巻かれていた。きっと暴漢と戦った際に傷ついたのではないだろうか。

 痛ましい表情をしたセラフィナに、オスカリウスは苦い笑みを見せる。

「俺の手を取ってくれるだろうか。夜会の服ではなく、ジュストコールには泥もついている情けない姿だが、あなたをダンスに誘いたい」

「……あなたがどんな服を着ていようとも、オスカリウスであることに変わりないわ」

 セラフィナは、そっとオスカリウスの手に自らの手を重ねる。彼の傷に、障らないように。

 手をつないだふたりは広間の中央へ、ともに歩んだ。

 オスカリウスが空いたほうの手を掲げて、ぱちりと指を鳴らす。

 すると合図を受けた楽団がワルツを奏でた。

 流麗な音楽が始まり、紳士淑女たちは何事もなかったように、再び円舞を描く。

 ふたりは向かい合わせになり、ダンスのポーズを取った。互いの片手を握ったまま、オスカリウスの腕がセラフィナの腰にまわされる。

 セラフィナは講義で教わった通り、オスカリウスの肩にそっと手を添えた。

「傷は大丈夫なの? オスカリウス」

「少々擦っただけだ。あなたの手に血がついてはいけないと思い、包帯を巻いたのだよ。心配させてすまなかったね」

 彼からの心遣いに、じんと胸が熱くなる。

 好き――。

 淡い恋心が、セラフィナの胸の奥から芽吹いた。

 傷が痛まないようと、つながれたオスカリウスの手に強く触れてはいけないと思うのに、彼はぎゅっと握りしめてくる。

 深い海のような紺碧の双眸は情熱を湛え、セラフィナに注がれていた。

 ふたりは見つめ合いながら、ワルツを踊る。

 音楽も、周りの人々も、すべてが遠い彼方にあった。

 なぜ、こんなにも胸が愛しさで溢れているのかしら……。

 こんな気持ちは初めてだった。誰にも慈しまれたことのないセラフィナが、オスカリウスに触れることにより、初めて守られ、慈しまれることを知ったのだ。

 だから、愛のかけらに自ずと触れることができた。

 セラフィナの視界には、オスカリウスだけが映っていた。

 彼の紺碧の瞳に見惚れていると、オスカリウスは優美な笑みを見せる。

「素敵だ。そのドレスはとても似合っているよ」

「……このドレスは、私の好きな色なの」

「そうだね。あなたは青が好きだと言っていた。爽やかで清廉な色をまとったあなたはまるで、海の女神のようだ」

 オスカリウスの賛辞に頬を染める。

 あなたの瞳と同じ色だから――。

 そう言いたいけれど、恥ずかしくて言えなくて、セラフィナはオスカリウスの華麗なリードでステップを踏む。

 煌めく星々が息をひそめるまで、夜会は続けられた。


 大公のオスカリウスが暴漢に襲われた事件において、かかわった人間の事情聴取が行われた。

 その結果、コロコロフ公爵は無関係と判断されて放免。

 事件が起こった当日、彼は朝から愛人宅に入り浸り、夜会へ着くまでほかの誰とも接触がなかった。

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