第23話
このままでは女帝の不興を買ってしまう。
オスカリウスが夜会をすっぽかすなんて考えにくい。体調を崩しただとか、そういうことではないだろうか。
セラフィナが女帝にそう告げようとしたとき。
宝石のついたジュストコールを着た巨漢の男性が、壇上に近づいてきた。
「オスカリウスは愛人と遊んでいるんですよ、陛下」
「あら、コロコロフ公爵じゃない。あなたじゃあるまいし、わたしの甥に限ってそんなことはないわ」
「男はみんな同じですよ。ぼくは通算百人ほどの愛人や恋人を持っていましたから、ぼくほどじゃないと思いますけどね」
女帝と会話するコロコロフ公爵の顔を見たセラフィナは、驚きの声をあげた。
「ぶ、部長……⁉」
記憶の洪水が流れ込んでくる。
彼は前世で、セラフィナの上司だった男にそっくりだった。
部長は仕事ができないのに媚びるのだけは上手で、社内で愛人を作っては捨てるという行為を繰り返していた男だ。もちろん既婚者なので家には妻子がいる。しかもイケメンではないので、昇進させてやるだとか嘘を言って女性をものにしていたらしい。完全なゲスである。
セラフィナ自身は魔の手から逃れていたが、懇親会などでは酌をさせられたりした。
まさかそのゲス部長と、再会することになるなんて。
目眩を起こしかけたセラフィナだが、コロコロフ公爵の後ろにいる人物を発見して息を呑む。
なんと、朝から姿が見えなかったブデ夫人が素知らぬ顔をして佇んでいるではないか。しかも貴婦人のようなドレスをまとっているので、公爵の連れのようである。いったい、どういうことなのか。
女帝は自慢するコロコロフ公爵に、見下げた目線を向けた。
「あら、そうなの。そちらの女性は、セラフィナの侍女ではないの? 現在のあなたは奥方がいるから、愛人なのかしら?」
「だからー、違いますって! こんなおばさんは、ぼくの趣味じゃありませんから。どうせ愛人にするなら若い女がいいよ」
ブデ夫人は目を眇めたが、小さな声で公爵にアドバイスした。
「さあ、公爵さま。セラフィナさまに……」
「そうそう。ぼくはセラフィナ皇女に会いに来たんだ。ぼくが皇配に立候補するから、ありがたく思ってね」
セラフィナは女帝とともに、唖然とした。
このゲス部長……ではなくコロコロフ公爵は奥方がいると、女帝が言ったばかりだが。
諸外国では複数の妻を持てる国もあるが、アールクヴィスト皇国では一妻一夫制である。しかも、すでに結婚している男性が、皇女の皇配候補となるのは不適格ではないだろうか。
眉をひそめたセラフィナは公爵に問いかける。
「コロコロフ公爵は、ご結婚されているのではありませんか?」
「そうだよ? 今はね。でも離婚すればいいじゃないか。僕は五回くらい結婚してるからね」
「……それは、奥様に申し訳ないと思いますので、慎んでお断りいたします」
コロコロフ公爵はセラフィナの父親ほどの年齢である。
かなり年上であることから、セラフィナと価値観の乖離が大きいだろうし、なにより離婚して皇配に立候補するというのは家庭を顧みない身勝手さではないだろうか。
彼と結婚しようとは、微塵も思えなかった。公爵は今の家族を大切にするべきである。
ところがコロコロフ公爵は、セラフィナが断ると、ぶすっとして唇を尖らせた。そんな幼稚な表情だけは若々しい。ゲス部長にそっくり。
「なんだよ。セラフィナ皇女が、ぼくを指名したんだろう?」
「……私は公爵と初対面ですが。指名しただなんて、そんな事実はありません」
「どうせオスカリウスは来ないんだから、ダンスを踊ろうよ。ぼくはわざと女の足を踏んで、女にぼくを介抱させるのが得意なんだ」
介抱するべきは女性の足のほうだと思うのだが、聞き間違いだろうか?
眉をひそめたセラフィナだったが、それよりもオスカリウスが来ないという公爵の言い分が気になった。
「それはどういう……」
真相を訊ねようとした、そのとき――。
ざわめきが耳に届く。
人々は波が割れるかのように道を空けた。
そこを堂々とした足取りで姿を現したのは、オスカリウスだった。
「オスカリウス! 来てくれたのね」
セラフィナの声が輝く。
だが不思議なことに、オスカリウスは複数の男たちを伴っていた。
ならず者のような男たちは縛り上げられ、警察と思われる数人の男性が縄を引いている。夜会にふさわしくない異様な光景に、貴婦人は悲鳴をあげ、紳士は驚きの声を発した。
ちっ、とブデ夫人の舌打ちが鳴る。
壇上の前にやってきたオスカリウスは慇懃な礼をした。
彼は夜会用の衣装ではなく、セラフィナと別れたときのままの普段着のジュストコールである。
「大変お待たせいたしました。暴漢たちを警察に引き渡したものの、少々手続きに時間がかかりまして。そのため、夜会に遅れてしまったのです」
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