第22話
「皇国の銀鉱山と交換したのだからな。それなりの働きをしてほしいものだ。もっとも、女帝になれるかどうかは別の話だが」
「新法のことか? 先に子をもうけないと君主になれないと、陛下が定めたからな」
「それと絡むのだが、皇配の件があるだろう。子を授かるかどうかは、誰が皇配かが重要だ」
皇配の話題を出した紳士は、さりげなく周囲を見回し、皇配候補となる男性やその親族がいないことを確かめた。
「オスカリウス・レシェートニコフ大公か。陛下の甥のひとりだからな。地位は皇配にふさわしいだろう」
「あくまでも“皇配候補”さ。彼だとて、皇配という地位を得たわけではない。ライバルはたくさんいる。たとえば、エドアルド・ラヴロフスキー大公とかね」
「陛下と皇女殿下に取り入れば、ラヴロフスキー大公が皇配になることも充分にありえるな。さて、我々はどちらにつくべきか……」
紳士たちが目線を交わし合った、そのとき。
広間に流れていた音楽が、ぴたりとやんだ。
登場した人物の名を、侍従が高らかに告げる。
「ヴィクトーリヤ女帝陛下、ならびにセラフィナ皇女殿下のお越しです」
人々は深く腰を折り、頭を垂れる。
女帝の少し後ろに立つセラフィナは、眩いサファイヤブルーのドレスを身にまとっていた。
皇女としてふさわしい、凜とした立ち姿である。
近頃はマイヤが身の回りの世話を担当してくれるので、充分に食事が取れているためか、セラフィナの髪や肌は艶めいていた。
ヴィクトーリヤは居並ぶ賓客へ、優美に挨拶する。
「わたしの娘を、みなに紹介するわ。セラフィナ皇女はアールクヴィスト皇国の、正統な皇位継承者よ」
女帝のそばに佇む皇女セラフィナは微笑みを見せる。
君主が自ら、セラフィナを正統な皇位継承者と認めたのだ。「陛下、おめでとうございます」という称賛の声が広間に響き渡る。
順当にいけば、ヴィクトーリヤが崩御したとき、もしくは帝位を退いたときに、セラフィナ皇女が即位することになる。
だが新法により、即位するには先に皇配となる男性と結婚して、懐妊する必要があるのだ。
オスカリウスは女帝が推した第一位の皇配候補であるが、まだ結婚したわけではない。
そうすると……誰にでもチャンスがある。
紳士たちは目線を交わして頷いたり、首を左右に振ったりした。
皇配になれたなら、国家を牛耳る立場になれる。
だが大公に対抗できるほどの身分であることが必須である。なにより妻帯者は結婚できない。独身か、もしくは独身の息子がいることが絶対条件となるのだ。
「失礼するよ」
様々な思惑が巡る中、豪奢なジュストコールを身につけたひとりの男性が、どすどすと足音荒く現れた。
「おや。コロコロフ公爵ではありませんか。まさか、そちらの女性は新しい恋人ですか?」
コロコロフ公爵と呼ばれた恰幅のよい男は、紳士のひとりにそう訊ねられ、唇を尖らせる。何度も結婚と離婚を繰り返し、恋人も多数いる公爵は五十歳を越えているのだが、その顔はひどく幼稚に見えた。
コロコロフ公爵は背後に伴っていた女性を、ちらりと振り返る。
「とんでもない。ぼくがこんなおばさんを恋人にするわけがないだろう。――そうだろう、ブデ夫人。はっきり否定してくれ」
おばさん、と大きな声で指摘されたブデ夫人は頬を引きつらせる。侍女のお仕着せではなく、夜会に現れても遜色ないドレスに夫人は着替えていた。
「え、ええ……そうですね。さあ、公爵さま。こんな方たちにかまっていないで、セラフィナさまのもとへまいりましょう」
「そうだね。セラフィナ皇女が、ぼくと結婚したいと言っているなんて嬉しいな。でも、第一皇配候補はオスカリウスじゃなかった?」
「問題ありませんわ。オスカリウスさまは、この場にいらっしゃいませんから……」
にやりと、ブデ夫人は魔女のような笑みを見せた。
紳士淑女たちが華麗に踊るのを、セラフィナは女帝とともに壇上の椅子に腰を下ろして眺めていた。
オスカリウスは夜会に来ないのかしら……。
彼が贈ってくれたサファイヤブルーのドレスを見てほしいのに、なぜか着替えのあと、オスカリウスは現れなかった。
マイヤに別室を見てきてほしいとお願いしたが、戻ってきた彼女はわずかな焦燥を浮かべて「お出かけになったようです」と告げた。
急用ができたらしい。夜会の時刻には戻ってくるだろうと思っていたのだが、彼の姿は見えない。
なにも言わずにいなくなるなんて、心配だ。もしかして、なにかあったのだろうか。
セラフィナの不安を具現化するかのように、女帝は不機嫌そうな顔をした。
「オスカリウスはどうしたの? 皇女のお披露目の夜会なのに、皇配候補が顔を見せないなんて許しがたいわ」
「それが……急用ができたらしいです」
「どんな急用があるというの。理由によっては、皇配候補から下ろすことも考えると釘を刺さなくてはね」
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