第21話
マイヤは秘密警察所属で、格闘の経験を積んでいる。侍女のふりをして宮廷に忍び込ませているが、非常に有能な人材だ。
マイヤの報告によると、ブデ夫人は女帝から贈られたセラフィナのドレスをわざとハサミで切り裂いたのだという。セラフィナが皇女になるのを阻む思惑があるらしい。
ブデ夫人の凶行を聞いたオスカリウスは、大急ぎで仕立屋を呼んだ。
ドレスを贈ったのは偶然ではない。
儀式のためのドレスはどうにでもなるが、ブデ夫人の存在は危険だ。
今回はドレスだけで済んだが、ブデ夫人がセラフィナに対して衣食を取り上げることからもわかる通り、夫人はセラフィナの死を望んでいる。
もし祖国へ帰るのが目的だとしたら、セラフィナにあのような暴行はしないはずだ。
「セラフィナを失って、バランディン王国になんの利益があるというんだ……? 国に金がないのなら、むしろセラフィナを女帝にして、金や領地を融通してもらったほうが得策だと思うが」
愚かなバランディン王の考えることは、理解に苦しむ。王妃のいいなりなのだろうか。
すでにバランディン王国へ部下を派遣しているので、以前のセラフィナがどのような扱いを受けていたのか、王妃とブデ夫人のつながりなど、報告がなされるだろう。
ブデ夫人には、いずれ帰国してもらう。
だが今のところ、食事やドレスの件だけでは証拠が不十分だ。
ひとまずマイヤをそばに置いてセラフィナの身を守りつつ、夫人の出方をうかがうことにする。
「彼女の命を守らなければ、なにも始まらないのだからな……」
オスカリウスは紺碧の双眸を燃え立たせた。
女帝から皇配候補に指名されたとはいえ、正式に皇配の地位を得たわけではない。ほかにも皇配候補の名前は挙げられているのだ。
セラフィナがオスカリウスを嫌いになれば、それで終わりである。
彼女からパートナーとして認められ、ふたりの子をセラフィナが身ごもらなければ、オスカリウスは皇配になれない。
だが、地位を得るために奮起するのではない。
セラフィナを、守りたい。
好きな人と愛し合うために、それを邪魔する輩どもを排除するだけだ。
そのとき、ノックとともに従者が現れた。
「失礼いたします。大公殿下にお会いしたいという方がお待ちです」
「誰だ?」
「お名前を申し上げるのは、ちょっと……。秘密のお話しがあるそうです。ご案内いたします」
「ほう……」
心当たりがまるでない。
従者は宮廷で見かけたことのある男だが、なぜか視線をさまよわせていた。
「わかった。行こう」
相手を確かめるくらいはしておきたい。セラフィナにはマイヤがついているので、心配なかった。
従者の案内で部屋を出たオスカリウスは、裏口を通る。庭園を抜けて、森の中へ足を踏み入れた。この辺りには人影がない。
不審に思ったオスカリウスは周囲を見回す。
「秘密の話だそうだが……こんなところで会うのか?」
そう訊ねた途端、従者は駆け出した。
オスカリウスの脇をすり抜け、来た道を慌てて引き返していく。
「おい、どこへ行く?」
突然のことに眉をひそめる。
すると、木立の陰から複数の男が姿を現した。
彼らは宮廷の人間ではない。それぞれがナイフを手にして、それをちらつかせていた。
「なんだ、きみたちは」
「大公殿下さまよ。ちょっと俺たちに付き合ってもらおうか」
ならず者のようである。先ほどの従者が呼び込んだのか、それとも背後にいる何者かにそそのかされたのか。
オスカリウスは口端を引き上げた。
「ちょうどいい。腕がなまっていたところだ。俺は格闘技の経験があってね」
拳を握りしめたオスカリウスは、男たちに囲まれた。
◆
夜の帳が降り、空に数多の星が瞬く頃――。
アールクヴィスト皇国の主宮殿で、数年に一度の盛大な夜会が催された。
煌めくシャンデリアのもとで、着飾った紳士淑女たちがダンスに興じている。みな女帝から招待を受けた、皇国の皇族や貴族たちだ。
普段の夜会では、子息や子女の結婚相手を探している貴族たちだが、今宵は異国からやってきて皇女の地位に就いたセラフィナの話題で持ちきりだった。
「もとはバランディン王国の王女ですって。どんな方なのかしら?」
「あの国には有名な話があるわよね。『愚かなバランディン王』でしょ?」
淑女たちは扇子をかざして、くすくすと笑い合う。
逸話の影響で、セラフィナ王女も愚か者ではないかと推測しているのだ。
ワインの入ったゴブレットを持った老齢の紳士たちは、そんな淑女たちを横目にして、豊かな口ひげを揺らした。
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