第52話
国外退去処分になり、ダリラの付き添いとして入国できなかったはずの彼女が、どうしてここにいるのだろうか。
ブデ夫人は、にやりと笑みをゆがませる。
「お久しぶりでございますわね、セラフィナさま。わたくしが入国できずに、すごすごバランディン王国へ帰ると思いました? こっそり入国する方法なんて、いくらでもあるんですよ」
つまりブデ夫人は不法入国を犯している。
しかもダリラも、それを承知の上なのだ。もしかしたら不法入国に手を貸して、かくまっていたのかもしれない。
「もしかしてダリラがどこかへ出かけていたのは、ブデ夫人に会うためだったの?」
「そうよ。計画のためには、いろいろとやることがあるのよね」
「計画ですって……? あなたがたは、皇国でなにをするつもりなの?」
セラフィナが問いかけると、柱の陰から複数の男たちが現れた。いずれも街のごろつきのような輩たちだ。
男たちはそれぞれ、ナイフやロープなどを手にしている。
ごくりと息を呑んだセラフィナは後ずさる。
だが、ダリラは男たちを前にしても平然としていた。
「お義姉さまは愚図ねえ。なにをするかなんて決まってるじゃない。わたしが女帝になって、皇国を乗っ取ってやるのよ。そのためには、あんたが邪魔なの」
そう言った瞬間、ダリラは白い布をセラフィナの口元に押し当てた。
「うっ! な、なにを……」
抵抗しようとしたが、つんと鼻をつく匂いが意識を奪っていく。
朦朧としたセラフィナは体の力を失い、頽れた。
薄れていく意識の中で、ダリラとブデ夫人の声が耳に届く。
「お義姉さまに、いい思いはさせないわよ。あんたはみすぼらしい服を着て、泥水を啜るのがお似合いなの。そうでなくちゃ、わたしがおもしろくないじゃない」
「おまえたち、さっさとこの娘を縛り上げて運ぶのよ!」
なんということだろう……。彼女たちに騙されたのだ。
そこでセラフィナの意識は、ふつりと途切れた。
ふと意識が浮上したセラフィナは、重い瞼をこじ開ける。
「うう……ここは……?」
目を開けたのに、そこは暗闇だった。
身を起こそうとしたが、上半身を縄で縛られているので身動きがとれない。
ダリラとブデ夫人の策略により、どこかへ閉じ込められてしまったのだ。
ようやく暗闇に目が慣れて、辺りを見回す。
どうやらここは、洞窟のようだった。ごつごつとした岩肌に囲まれており、ほかにはなにもない。セラフィナが転がされていたのは狭い横穴のようなところだ。檻などはなかった。
「あれからどうなったのかしら……。早く宮殿へ戻らないと……」
幸い、怪我はなかった。足は縛られていないので、力を振り絞って立ち上がる。
少し洞窟を進んでみると、先のほうに松明の明かりが見えた。
だが、男たちの話し声が聞こえたので足を止める。
「あの皇女さまは、どうするんだ?」
「夫人は殺せと言っていたが、やらないほうがいいぜ。俺たちが誘拐して殺したと罪を着せられちゃ、たまらんからな」
「そうだな。金をもらってから外国に売り払うか」
「金はまだだ。ダリラ王女が皇女にさえなれば、金は使い放題で、ブデ夫人も偉い地位になれるんだとよ。それまでの辛抱だな」
ぼそぼそとつぶやかれた言葉が、静かな洞窟に響いた。
どうやら彼らはブデ夫人に金で雇われたならず者らしい。
ダリラとブデ夫人は、セラフィナを殺害してから皇女とその侍女頭に収まり、皇国の国庫を自由に使うつもりなのだ。
「なんてことなの……彼女たちがそこまでするなんて……」
ダリラが皇女になろうなどと無謀な計画だと思っていたが、セラフィナがいなくなれば、ありえないことではない。
義姉の死を悼んだダリラが涙ながらに、『責任をもって義姉の代わりを務める』と訴えたら、女帝の心を動かせるかもしれない。女帝はダリラの本性を知らないので、猫を被った彼女が騙すのは簡単なことだろう。皇女になり、その権限でブデ夫人を宮殿に呼び戻せば、ふたりはやりたい放題になる。
ダリラとブデ夫人の陰謀を女帝に打ち明けなければならない。彼女たちは皇国を乗っ取るために、セラフィナばかりか女帝までも亡き者にするかもしれない。
どうにかして、ここから脱出しなければ。
男たちにセラフィナを殺害する気はないようだが、彼らの考えが変わるかもしれないし、状況は変化するかもしれない。一刻も早く、助けを呼ばないと。
でも、どうやって……。
セラフィナは男たちが見張っている横穴の入り口から離れた。
洞窟は狭いものの、反対側は奥へ続いている。向こう側から出られないだろうか。
だが、すぐに壁に行き当たってしまった。
こちらは行き止まりだ。
「見張りがいないときに隙を見て脱出するしかないのかしら……」
こうしている間にも、ダリラは素知らぬ顔をして宮殿へ戻り、女帝に取り入ろうとしているかもしれない。
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