第53話

 もしセラフィナがここから出られなければ、馬車で移動中に事故に遭っただとか装い、セラフィナを永久に葬り去るのだろう。

 そんなことは許せない。

 セラフィナの胸の奥から、燃え立つような意志が湧いた。

 祖国にいたときは、どうにもならないのだと落胆し、彼女たちの横暴をやり過ごしていた。前世でも、これが自分の定められた運命なのだと、すべてを諦めていた。社畜のまま過ごし、羽鳥さんに告白すらしなかった。

 セラフィナは変える努力を怠ったのだ。

 どうせ、運命は変わらないと投げ出していた。

 でも、今は違う。

 ルスランとゾーヤの兄妹に会って、不遇なまま諦めて人生を過ごしてはいけないと痛感した。彼らの環境を変えたいと願い、保険庁の総裁として世の中をよりよくしようと努力している。

 それに、オスカリウスとともに過ごし、愛される喜びを知った。

 お腹には彼の子が宿っているかもしれないのだ。

 今のセラフィナには目標がある。

 それはオスカリウスの子を産んで、女帝になること。そして、保険制度を実現することだ。

 そのためにも、ここで諦めてはいけない。

 必ず脱出して、宮殿へ戻るのだ。そしてダリラとブデ夫人に、罪を認めさせる。

 固い決意を抱いたセラフィナは、ふと煌めくものを目の端にとめた。

「これは……なにかしら?」

 黒い石に混じり、光るものが含まれている。

 道具がないと掘り出せないが、磨けば宝石になると思える輝きだ。

「もしかして、銀……いいえ、ダイヤモンド⁉」

 見上げてみると、壁一面がきらきらとした輝きに満ちていた。

 その光は暗闇の中でごく弱い光なので、目を凝らさないとわからないくらいだ。

 けれどセラフィナには、はっきりと鉱石の輝きが確認できた。

 まさか、この洞窟にはダイヤモンドの原石が埋まっているのだろうか。

 もしもダイヤモンドの鉱脈を発見したのだとしたら、とてつもない大ごとだ。

 セラフィナは閃いた。

 ここにダイヤモンドの原石があると、誘拐した男たちに伝えたらどうだろう。彼らが原石を掘り出している間に、逃げられるのではないだろうか。

 実行に移すべく、セラフィナは洞窟を戻った。

 男たちは相変わらず横穴の入り口で雑談をしている。

「ねえ、あなたたち、つるはしを持っていないかしら」

 セラフィナが声をかけると、ぎょっとした男たちは振り向いた。

「なんだ、皇女さま。痛い目に遭いたくなかったら、おとなしくしてな」

「ダイヤモンドの原石を見つけたのよ! もしかしたら、ここに鉱脈があるかもしれないわ」

 訝しげに目を眇めた男たちは、互いに顔を見合わせた。

 逃げるための嘘だろうとは思うものの、セラフィナは縄に縛られて両腕が動かせない状態だ。抵抗すらできないだろう。

 それにもし、本当にダイヤモンドの鉱脈があったとしたら、とてつもない金儲けができる。ブデ夫人からの報酬など、比べものにならない。

 頷き合った男たちはナイフを取り出すと、警戒しながら横穴へもぐり込んだ。屈強な男たちは身を屈めないと、狭い洞窟に入っていけないのだ。

「本当にダイヤがあるんだろうな」

「突き当たりの壁のところよ。私の足元に、確かに原石があったのを見たわ」

「よし、案内しろ」

 ナイフで脅され、セラフィナは先頭に立って洞窟内を案内した。

 ややあって、先ほどの壁のところへ辿り着く。

「そこよ」

 セラフィナが指し示した先に、剥き出しになったダイヤモンドの原石は変わらずそこにあった。

 松明を掲げた男たちは怪訝そうに覗き込んだが、すぐに顔色を変える。

「おい! これは本物のダイヤの原石だぞ。なんて大きさだ!」

「なんだと⁉ すぐに掘り出せ! ほかにもないか?」

 必死になった男たちはナイフを用い、ダイヤモンドを取り出そうと夢中で岩を削り始めた。

 ――今なら逃げ出せる。 

 彼らがダイヤに目を向けている隙に、セラフィナはそっとその場を離れる。

 ところが、男のうちのひとりがこちらに気づいた。

 セラフィナが駆け出そうとしているのを見て、声をあげる。

「待ちやがれ!」

 男は手にしていた原石を、セラフィナめがけて投げつけた。

 セラフィナの頭へ向かってまっすぐに、硬い石が飛来する。

 自らが発見したダイヤで大怪我を負う――。

 男たちは、そう予想した。

 それまでのセラフィナの人生は不遇の身の上だった。

 つまらないことばかり起こっていたのだから、やはりひどい目に遭って然るべきなのだ。

 だが、もはやセラフィナの運命は変わった。

 ばしりと音を立て、原石は大きなてのひらに受けとめられる。

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