第54話
はっとしたセラフィナは振り仰いだ。
「オスカリウス!」
「待たせたね。無事でよかった」
オスカリウスが助けに来てくれた。
愛する人に見捨てられなかった。
たったそれだけで、セラフィナの胸は感激に打ち震える。
セラフィナを縛っていた縄を、オスカリウスは解いた。
「でも、どうしてここがわかったの?」
「ダリラ王女と外出したあなたを、密かにマイヤが尾行していたのだ。戻ってきた王女は『セラフィナが逃げ出した』などと言っていたが、なにかを企んでいる気配があったからね。酒場に潜伏していたブデ夫人は、今頃警察が捕らえている」
見れば、オスカリウスの背後にはたくさんのカンテラの明かりが輝いている。
警察を連れてきてくれたのだ。その中にはマイヤもいた。
「オスカリウスさま。誘拐犯はあそこです。逮捕します」
マイヤは俊敏な動きで男たちに迫った。
驚いた男たちがかざしたナイフを、マイヤは華麗な跳び蹴りで叩き落とす。
誘拐犯は抵抗する隙もなく警察に囲まれて、全員が逮捕された。
保護されたセラフィナは、オスカリウスに抱えられて洞窟を出る。
「怪我はないか?」
「平気よ。助けてくれてありがとう……オスカリウス」
セラフィナは久しぶりに見る陽の光に、目を細めた。救助に駆けつけてくれたオスカリウスに感謝を述べる。
微笑んだオスカリウスは、セラフィナの肩を抱き寄せた。
「ありがとう、と言ってくれるあなただから、好きになった。俺のほうこそ、無事でいてくれて、ありがとう」
ふとオスカリウスは、手にしていた石を放ろうとして高く掲げる。
セラフィナに投げつけられる寸前に受けとめたその石は、太陽のもとできらきらと光り輝いていた。
石の煌めきに驚いたオスカリウスは、手を下ろした。手中の石をじっくりと眺める。
「これは……暗いところではよく見えなかったが、鉱石だろうか」
「ダイヤモンドの原石だと思うの。もしかしたら、ここの山には鉱脈が眠っているかもしれないわ」
「さっそく調査させよう。この石は宮殿に持ち帰って、専門家に鑑定してもらおうか」
「そうね。もし本当にダイヤモンドの鉱脈があるとしたら……この石が、発見の第一号になるかもしれないわ」
頷き合ったふたりは山を下りた。
人里離れた山の中の洞窟は一時騒然としたが、誘拐犯が警察に引き立てられていったあとはまた静まり返った。
警察に逮捕された誘拐犯たちは、ブデ夫人とダリラ王女の悪行をすべて暴露した。
彼らは金で雇われ、誘拐したセラフィナ皇女の殺害を命じられていた。報酬の金は、ダリラ王女が皇女に認定されてから支払われる約束だったとも証言した。
ダリラは半狂乱になって否定したが、マイヤの目撃証言や、ブデ夫人を国内に引き入れてかくまっていたことなどから、言い逃れはできなかった。
女帝はブデ夫人及びダリラ王女の国外退去処分を命じた。
皇女を誘拐して殺害しようとした彼女たちの極刑を望む声もあったが、セラフィナが恩赦を与えることを希望したためだった。
質素な馬車に乗せられたブデ夫人とダリラは、最後までセラフィナや皇国に対して悪態を吐き続けていた。
それと入れ違いに、バランディン王国へ派遣していた使者が、王の親書を携えて戻ってきた。
親書には、『ダリラ王女が身勝手にもアールクヴィスト皇国へ亡命を図ろうとしている。それは王妃の指示であり、国王は認めていない。至急、帰還させるように。そしてバランディン王国は革命軍のせいで危機に瀕しているので、金や物資、兵士などの救援を無償で求める』と記載されていた。
これにより、ダリラが祖国を捨て自分だけ助かろうとするために、皇女の地位を求めたことが証明された。もとより、すでに彼女は己の所行によって、皇国から永久に退去処分とされている。
女帝は厚かましい救援要請に、返事をしたためた。
『バランディン王が危機に瀕しているのは革命軍のせいではなく、妻や娘への責任を取れない己のせいである』と記した親書を送った。
それに対する王の返事は、来ることはなかった。
――事件から三か月後。
アールクヴィスト皇国には春の兆しが訪れていた。
空は青く晴れ渡り、そこかしこに新芽が芽吹いている。
セラフィナはオスカリウスとともに、街を訪れた。
ルスランとゾーヤの兄妹に会うためである。
「こんにちは」
雑貨屋の扉を開けると、真っ白のエプロンをつけたゾーヤが笑顔で駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ、聖女さま」
「ゾーヤ! もう走れるのね」
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